工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

作業台、あるいはWorkbenchとウッドスクリュー

My Workbench

黒猫とワークベンチ

ジェイムス・クレノフ(James Krenov)氏の印象を1つ上げろと言われ、黒猫が寛ぐほどのワークベンチ、と答えてしまったら笑われるでしょうか。

黒猫の方はともかく、ワークベンチ(Workbench≒作業台)には木工に関わっている人であれば関心も向こうというもの。

堅牢性と機能性を兼ね備え、木工職人の多様な要求をドンッ、と受け止め、応えてくれる奴。

クレノフ氏は自らを“アマチュア”木工家と自称し、その深遠なる自覚において、より厳しく自己を律してきた人物として強い印象を遺し去って行った人でしたが、彼が最晩年に至るまで教鞭を執ったカリフォルニア〈Redwood校〉の教室には、彼の愛用したものと同種のワークベンチが一人ひとりに供与されていたものです。

こんな頑固なものは「家具作家」には不要と思えるものであっても、木工への真摯な思いを投ずる、自称「アマチュア」と、その人生の少なく無い領域を木工に投じて惜しまない職人らの厳しい要求に応えてくれるワークベンチ。

そのスタイルはいわゆるスカンジナビアンと言われるタイプのもので、その堅牢性、機能性ゆえに欧米を中心に広く一般に普及しているものですが、クレノフ氏のワークベンチの場合はちょっと異彩を放っており、そこに関心を向ける人も多いでしょう。

手前のTail vise(万力)、および先端左側のShoulder viseの2台のViseが特徴的です。
現代ではこれは専ら鋼鉄製のスクリューであるのが当然ですが、何とウッドスクリューというわけです(下の画像:クレノフの後ろ姿のもの、および黒猫が睨みを利かせているもの)。

こんな記事を上げる事になったのにはわけがあります。
数日前、ネットサーフィンをしていて、クレノフ氏のワークベンチを制作した工房のWebサイトがヒットしたのです。
スウェーデンのMålilla Hyvelbänkarです。

我が作業台

我が工房でもスカンジナビアンのタイプも含め、2台のワークベンチを設置しています。
その1台は工房起ち上げ後、何よりも先んじて制作したものです。

工房設立準備の当時、あるクライアントから既にいくつかの制作依頼があったのでしたが、それを差し置いても、まず何よりもワークベンチであったわけです。
クライアントM氏の苦々しい顔を今でも思い起こし、冷や汗が出ます。

3寸角の樺材を主体とする材木は訓練校に通っていた当時より手当がはじまっていましたし、設計に役立つと思われたテキストも東京日本橋・東光堂から求め、全ての準備は万端でした。

ただ1つだけ問題が。
ハードウェアが国内では入手できない。
Viseの主要部材、専用のスクリュー機構部材が国内では流通していないのです。

今では米国などから既製品を容易に個人輸入することができますが、当時はそうしたルートも情報も無く、頭を抱え込んでしまうだけ。

何もウッドスクリューを探していたわけではなく、1.1/4インチ程の鋼鉄製の角ネジタイプのTail viseとShoulder vise、2種、2本のスクリュー。

結局は木工専用の万力、クランプなどを制作している国内有数のメーカーである(あった、の過去形になっちゃうのかな?)、渋谷の関東機工製作所に出向き、買い求めることに。
鞄の底も破れるのではと懸念させられるほどに重いスクリュー2本を抱え新幹線に乗り込んだわけですが、確保した嬉しさにたぶんにやけた顔をしていたに違いありません。

ただそのままでは仕様が異なり使えないので、Workbench様にと一部を旋盤加工し、何とか使えるように改造したのでした。

しかし、あらためて、このスウェーデンのMålilla Hyvelbänkar社のスクリュー部とすがつたがめつ見較べれば、我がワークベンチは美しくない。
ハンドメイドにふさわしい品格を備えていない。
・・・愕然とさせられます。

一般的な了解では機能性、精度、耐久性など、全てにおいて鋼鉄製の方が高いと見なされるでしょう。

ところが違うんだな。
鋼鉄製とは明らかに異なり、ウッドスクリューの回転のフィーリングが実に良いのです。

軸は私の鋼鉄製のものが1.1/4インチとまずまずの太さですが、木製スクリューは一回りも二回りもぶっ太く、ピッチが大きく、回転が移動に与える距離は大きく、またウッドスクリューならではの締め具合に“タメがある”、というのか、そのaboutさが憎い。

このウッドスクリューが特徴のスカンジナビアンタイプのWorkbencch、今も家族経営で作られ続けているようです。
スウェーデンにこの製作工房があることは聞いていたものの、特段調べること無くきていたところ、ネットサーフィン途上、遭遇したというわけです。

日本国内でもCM(Carl Malmsten)に関わった方などを中心に、ここのものを導入、設置しているところもありますが、私も縁があり、訓練校在学時に触れる機会があり、作業台を作るのであれば、ぜひこのスタイルだなと考え始めたのも当然のことでした。

ウッドスクリューは無理としても、ハードウェア入手のの困難さがあり、必ずしも満足のいくものでは無かったものの、四半世紀を超え今も家具職人のベストパートナーとして、あらゆる手作業に応えてくれる頼もしい奴です。

Workbenchメーカーと、自作

Workbenchに関しては、過去何度か触れてきましたので、興味のある方は site内検索から辿っていただきたいと思いますが、Fine Woodwork(木工)を職業とする方にはぜひ堅牢かつ機能性の良い作業台で快適木工に勤しんで頂きたいものです。

合板などで間に合わせに作るものではありません。
制作環境の良否は多くの場合、作るものの品質に深く関わってくると言うのも1つの真理です。

あるいは、木工への意志もまた、そうしたところに表れるといっても良いかも知れません(何事にも例外はあるでしょうが)

CM OBのMさんからは「杉山クンが死ぬのが早いか、ワークベンチがへたるのが早いか、それぐらいの気持ちを込めて作らなきゃダメ」と念押しされたものです。

スウェーデン・Målilla Hyvelbänkaでは恐らくは数年分の予約を抱えていると思われるので、簡単には入手できないでしょうが、時間と資金に余力のある方なら、大いなる選択肢になると思いますね。

他には独ULMIAのものも信頼が置けるでしょう。

また普及品としてスウェーデン・Sjöbergs社社のものは、国内でも入手できるようです。
ただ、アマチュア向けが基本のようですので、良く現物を確認するのが望ましいでしょう。

私のWebサイトでも、少し詳しく記述していることもあり、何度か問い合わせのメールが舞い込み、中には作って欲しいとの依頼もありましたが、基本的にはお断りしています。

理由はいくつかありますが、木工をおやりになるのであれば、ご自身で作るのが基本。
逆説的な物言いを許していただけるとすれば、作れる程度のものを使うのがキホン、という考えですね。

ただ2台の製作者としての経験はありますので、問われる方へのアドバイスは惜しみません。
愛猫から寝床にされるほどの魅力あるものを作ってください。

木工への意欲がより一層掻き立てられること請け合いましょう。

参照

1つ、関連する記事(動画)を貼り付けます。
クレノフ没後、間もなく開かれた〈Memorial〉
クレノフ氏の遺族を迎え、親しい仲間達、教え子たちが集い、追悼する催しですが、この演壇に使われているのが、クレノフ氏生前に使っていたワークベンチ。

木工家の死を悼む催しとして、もっともふさわしい仕掛けだったかもしれません。
それほどに、ワークベンチは木工家と切っても切り離せない相棒というわけです。
■ Memorial: James Krenov – October 31, 2009

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • ネジ山の型が角になっていると締め具合が良いのです。
    テーパー形の一般金属ネジ構造との差違あり、
    工房悠のベンチは各ネジ溝でし。

    • ネジには
      ・三角
      ・角
      ・台形
      ・丸(電球)

      などがあるようですね。

      Vise、万力、クランプ、ジャッキ、などは「角」
      軽い負荷で軸移動ができる特徴。

      私は板矧専用のクランプも自作(自分で設計・溶接屋に制作依頼)しましたが、
      この際も、主軸のスクリューは角ネジのものを求めています。
      例えばこちら

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