工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

【木の大学講座 2015 第十二期「ブナと栃の時間」】ご案内

栃の巨樹

はじめに

木工家具の主たる素材は木ですが、一般には板に加工されたものを市場から調達して用いています。
あるいは原木市で丸太を競り落とすところから始められる人もいるでしょう。

私の土場や倉庫には買いそろえた材木に潰されんばかりのストックがあり、今では原木市場に足を伸ばすことも無くなりましたが、一時は隔週ごとに原木市へと出向き、良い樹形の、目の詰まった丸太は無いか、めずらしい樹種は無いかと、目を皿のようにして探し回り、セリ札を投じ、入手できたものが出番を待っているのです。

しかし、これらの原木の里、つまり生まれ育った森林にまで足を踏み入れることは少なかったというのが実態です。

レストランのシェフが無農薬の滋味深い野菜を探し地方の農家へと出向いたり、良質なチーズを探し遠方のクラフトチーズ工房へと通う、などといったことも今では珍しくも無いようですが、われわれ家具職人にしても、そうした行動様式が取れないわけはありませんね。

家具用材の代表的樹種である良質なミズナラ材もこのところ国内需給は逼迫しているようですが、以前、大井川水系の森に分け入り、回した腕の太さを越えるミズナラの立木を仰ぎ見たとき、その荘厳さに圧倒され、日々の木工活動の何たるかを、その立木の偉容から教えられる思いがしたものです。

格好良く言えば、職業的倫理とでも言うのか、限りある自然素材と向き合っての仕事なのだという、ただそれだけでも貴重で誇りあるものとして、あらためて確認を迫り、自身を戒め、あるいは鼓舞する体験を得ることになったものです。

【木の大学講座 】の開催

さて、前振りが長くなりましたが、題記の通り、【木の大学講座 2015 第十二期「ブナと栃の時間」】が開催されますので、ご案内します。

詳しくは主催者から提供されている要綱(PDF:307KB)をご覧いただくとして、ここでは本企画への私の関わりからお話しさせていただきます。

今回の【木の大学】講座の会場となる会津、只見川流域の三島町へは数回訪ねています。
いずれも巨樹見学会という催しで、西会津山中へと入らせていただき、観察と伐採立ち会いを行ったものです。
もちろん、温泉にも浸かってきたのですが・・・(過去Blog記事

これらの企画では地元の林業関係者、木樵(きこり)をリーダーとし、大学人、学生、研究家などがいるかと思えば、大工、建築設計士、そして私のような木工職人と、多彩な人々が集い、木を識り、木を語り、木を伐採し、製材し、そしてこれを売買する。

領域を超えた学際的なアカデミズムと、現場で実業に従事している林業関係者との相互交流ならではの良企画の催しでした。

今回はこうした企画内容をさらに充実させ、山形、白神山地のブナ林から、全国様々な森に分け入り、踏破し、貴重な自然環境を調査しながら写真に納め、幾冊もの著書を著してきた太田威さんを講師に迎え、ブナ樹林帶での人々の暮らしから、木と人間のかかわりまでを縦横に語り、考えてみようというものになります。

私の三島町での巨樹見学会は、現地の林業関係者、木樵などで構成される「山と木の集い実行委員会」の企画でしたが、今回は「木の大学講座運営委員会」との共催企画になります。

「木の大学」

《木の大学》とは“「木」という切り口から人間の生活・産業・環境について学ぶ講座”(木の大学 講座。webサイトから)というものです。

私自身の木工への関わりは、多くの方と同様にいくつかのきっかけ、偶然が重なってのものでしたが、その中でも新宿・京王プラザホテルで開催された【〈木〉と人間のかかわり】(1985年)は大きな転機になるものでした。
また同時期に新橋のギャラリーで開催された『木のジョイントシステム展 國政流変形枘・逆枘 組手系譜』も、単なる木工への興味から、職業的選択へと飛躍させる梃子として作用した出会いだったのかも知れません。

後年、松本での修行を終え、独立起業して後の1991年のこと。
日本橋・東光堂のスタッフからの紹介で参加の機会を得た『WOOD WORK SUMMIT ’91』は、欧州からNAEF会長始め、訓練校の校長、指物師、ウッドターナー、国内からは鉋職の青山さん他、多くの工芸家、クラフトマン、教師、家具職人が集い、〈木〉と人間のかかわりを語り、考える合宿が開催されたのでした。

これを企画運営したのは、この数年前に松本・美ヶ原山中にアトリエを求め移住していた阿部蔵之氏その人によるものでした。

そして、これも後年知ることになるのですが、京王プラザホテルでの【〈木〉と人間のかかわり】も、新橋の『木のジョイントシステム展』も、同じく、これらは全て阿部蔵之氏主導による企画・運営だったのです。

私としては、まんまと嵌められた感(?)もありますが、この阿部さんが10年にわたり私財を投じ、企画運営してきたのが《木の大学》(1986 〜1995)でした。

阿部さん、その人についての詳細は後段に、あるいは彼自身のWebサイト、またこのBlogでの拙い紹介(Blog・《 阿部蔵之 》という人)を参照いただくとし、この《木の大学》が、また再び開催されることになったことは、個人的にもありがたいのはもちろんですが、木工界にとっても慶事というべきところでしょうか。

木工を素材から考え、実践する

昨今、家具に供される国産材は軒並み、その受給は逼迫しています。
市場に流通している国産材、広葉樹のその多くは極東シベリアからのものが主体となり久しく、中には良いものもあるものの、残念ながら国産材を使ってきたものとしては、似て非なるものでしかなく、悔しい思いに沈むことも屡々。

こうした現況に踏まえ、現場に足を踏み入れ、踏査し、現場の方々と交流し、木工の行く先を考えねばならない時期に来ているのも確かでしょう。

また、冒頭触れたとおり、われわれ家具職人はややもすると製材され、乾燥された製品だけを使い、家具を作るという日常からは見えない、素材の命が発する力というものを、その源(みなもと)から受け取ることも時には必要なのかも知れませんね。

あるいはさらに実践的には、立木を見学し、伐採し、製材されたものを、その現場で買い受け、これを自身の制作へと供するという、まさに一貫した制作プロセスを辿れる機会は、そうそうあるものではありません。

こんな好機を見逃すことも無いと思われますので、関心を持たれた人は、ぜひアクセスしていただきたいですね。

開催要綱は別添の通りですが、宿泊態勢等の調整、情報提供などは、参加希望を示された方に提示させていただきますので、希望者はメールフォームなどからお知らせください。

なお、本件、既に一部には個々にメールでのご案内を差しあげており、数名の参加希望が届いていますが、まだ幾分の余裕もあるようですので、ふるって参加してください。

今回も現場の林業関係者はもとより、大工、家具職人を含め、大学人、学生、研究者、登山家、自然愛好家、等々、老若男女が集うはずです。

「木の大学」も含め、阿部さんの企画のそのほとんどは紐付きの無いインディペンデントの企画ですので若干の参加費用が課せられますが、学生でも気軽に参加可能な程度に抑えてあります。

わいわいがやがや、垣根を越えた人々が集い、初夏のひとときを会津の深い森に抱かれ、人と木の生活の現状と未来を見据える好機になるでしょう。

巨樹の伐採・見学会


阿部蔵之という不思議な人物

最近でこそ、自らもWebサイトを起ち上げ、積極的に発信しはじめましたので若い方々にも知られるようになったものと喜ばしく思われますが、以前は信州の木工デザイン、クラフト、家具制作関係者他、かなりディープな層を除けばさほど知られることがない人でした。

しかしWebサイトをざっと概観するだけでも、関心領域の並々ならぬ広さと深さ、そして国境をまたぐフットワークの軽さと人脈の豊かさに驚かれるかと思います(例えば、ジェイムス・クレノフ氏との交流では、レッドウッドでの教え子を除けば、国内ではもっとも深い交流を重ねた人でもあります)。

えてして著名人においては表層を漂うような知見を披瀝しつつ、人を説き伏せる、その腕っ節の強さで世を渡る者も少なく無いわけですが、彼の場合はそうした怪しげな影など持たず、「木」にまつわるリソースを徹底して集積させ、今もなお様々な領域に目を光らせ、各地に「木」の文化を訪ね歩き、古老との対話から、古層に隠された失われつつある日本の豊かな「木の文化」を渉猟して歩くという、一見してどんな価値をそこに見出しているのか、曇った眼の者には計り知れない世界を歩んでいる人のようなのですね。

しかも、ほとんどの事業が第一級の価値のあるものばかり。
デザインセンスにも優れ、打ち出し方もクールなスタイルですので、学ぶところは多いです。

またそれだけに座標軸が明確ですし、射程の長い企画と事業を行っている人と言えるでしょう。

こうした研究職は一般には大学に席を置き、奉職に就きつつ行うものでしょうが、阿部さんは本業を精力的に行いつつ、これらの活動は全くのインディペンデントとしてのスタイルを執っているところに大きな特徴があります。
現代のカネ至上主義の時代には、まず見ることの無い、私財を投げ打っての太っ腹な活動なのです。

私のような者が1991年以来、細々とではありますが、こうして交流してこられたのも、知見だけでは無い、人物としての格の高さ、豊かさに魅了されてのものというしか無いでしょうね。

この機会を得、はじめてお会いする人であっても、誰しも魅了されるものと思います。
私のような偏屈な人間をも、一切の偏見を持たず、交誼を交わしてくれるところに、既にその人間の大きさが知れるというものです。

ぜひ会津・三島町の会場でお会いしましょう。

近隣にはひなびた良い温泉もあります。
酒も旨いです。

・・・本当は、あまりキャッチーなことを触れることなど必要の無い、素敵な森が待っています。


参照

【木の大学講座 2015 第十二期「ブナと栃の時間」】ご案内PDF:307KB
山と木の集い実行委員会

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