工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

“納まり”と“逃げ“ (個展会場の作品から)

松坂屋個展会場・座布団椅子

松坂屋個展会場・座布団椅子


個展も会期半ばと言うことになりますが、1月間という、かなり長期にわたる百貨店での会期を運営するのは大変です。

出展者である私は週末を中心に立ち会うようにしているものの、それ以外は百貨店のスタッフに委ねざるをえず、接客対応の面では、やや心許ない感じは否めません。

さて、今回は出展作のいくつかに焦点を当て、その特徴などを記述してみたいと思います。

座布団椅子

これは私の定番の椅子の1つですが、これまでのものに、数カ所、改良を施しています。
製品番号を付しているわけではありませんが、これまで数たくさん制作してきた椅子です。
たぶん、200脚近く制作してきています。

個人でこれだけの数の椅子を制作してきたのは、数回にわたり、複数個所でのカタログ通販で販売されてきたことにあります。

最初は『家庭画報』のショッピングサロンというコーナーへの掲載によるものでしたが、あまりの受注の殺到で、訓練校在校生の夏休み時をねらい、アルバイトを雇い、何とか凌いだものです(その生徒にも良い経験になったはず)。

その後、別途、新たに商社系のカタログ通販でも好評を博したものです。

さて、今回の改良ですが、座高を25mmほど嵩上げし、併せアームの高さも再考。40mmほど高くしました。
また、併せて背の角度も見直してあります。

この座高の嵩上げですが、座枠がそのまま後ろ脚として着地するというデザインの特性からして、決して安易なものでは無かったですね。
奥行きをあまり変えたくなかったという制約から、当然にも円弧状の部位の曲率が変わりますし、屈曲させずに、自然な流れできれいに納めるため、何枚もの原寸図を書いたものです。

少し具体的に話してみましょう。
この座枠には背の柱が枘で接合されてきますので、意匠にも制作上の合目的性を考慮した描線が求められます。

座の前枠からなだらかな傾斜を経、背柱の枘(ここでは鬢太の枘)を受け止め、後ろで床に接地する。
この一連の流れを構造上の求めに従いつつ、意匠として1つの描線を産み出すのは思うほど簡単でもありません。

座枠と背柱の“納まり”と“逃げ“

座布団椅子・鬢太の部位

座布団椅子・鬢太の部位

背柱の鬢太枘の加工は角ノミ盤での枘穴開けと、鬢太部位のルーター切削の2工程になりますが、こうした加工をいかに精度良く、無理なく行えるかも加工上の重要なポイントになります。

1つの主要なポイントを明かせば、鬢太の受け側は12φのルータービットを装填し、背柱の幅と一致するよう、適宜、型板を作り、適合するテンプレートガイドを用い、彫り込む。

仮に背柱の幅を90mm幅とします。

ルーター盤での鬢太掘りの場合

  1. 12mmのピンがあれば、そのまま、90mm幅の型板を作ります。
  2. この型板に12mmのピンをあてがいながら、12mmのルータービットで切削すれば、型板と同サイズの彫り込みができます。
  3. 角隅は必然的に6Rになります。

ハンドルーターでの鬢太掘りの場合

  1. 内径が12mmビットに接触しない、12mmに近いテンプレートガイドを用います。
    ユニバーサルテンプレートガイドであれば 5/8インチ(=15,875mm)が近いですね。
  2. 型板は90mm+(15,875ー12)=93.875mmの幅にします。
  3. この型板を使い、12mmビット+5/8” T,Gを使い、彫り込んでいきます。
  4. こちらも角隅は必然的に6Rになります。

差し込む背柱の隅は6Rで丸める。

この2者は、幅が合致するのは当然としても、隅丸部分もそのままジャストフィットします。

4mmほどの面チリ(接合部位は4mmの段差が残る)で納めます。

座布団椅子・ハンドルーターでの鬢太の彫り込み

座布団椅子・ハンドルーターでの鬢太の彫り込み

こうした“納まり”まで考えたところでのディテールの意匠は、私たち木工職人でしか、あるいはそうしたところまで知悉し、あるいは体験しているデザイナーでしか及ばない領域になってしまいます。

私たち木工職人というのは、そうした加工上の合理性とともに、優美な接合を想定しつつ、納まりの良い、作業性も加味された意匠を求め、描線することになります。

私の木工に対してはは「杉山さんのつくる家具は安い、良くその価格で作れるね・・・」ということが屡々言われ、1つの評価ともなっているようです。

この評価への受け止めは複雑なものがありますが、それはひとまず置いておきましょう(苦笑)。

安価な理由はいくつかあるのでしょうが、決していい加減なものを作っているわけでは無いです。
デザインも相応に考え抜き、手鉋での仕上げも丁寧にしています。

うちの仕事を良く分かっている人には、このあたりは了解してくれるはずです。


ではなぜ安いのか。

プロダクト的な思考を課しているということがその主要な要素であると言えます。

私が「手作り木工」という呼称を忌避する理由もそこにあるでしょう。

「プロダクト的な思考」とは言っても、勘違いしてはいけません。
手法は限りなくハンドメイドです。
無論、機械は必要に応じ徹底して使いますが、総体としてみれば、現代の工業化社会にあって、とても機械化とは言えない、前工業的社会の産物であるハンドメイドでしか無いのです。

「手作り木工」への忌避感というのは、近代以降150年を経、工業化社会の進展と並行して進化してきた意匠というものを踏まえずして、前近代的な意匠(その頃は「意匠」という概念さえ無かった)へ先祖返りし、つまらないモノを作るというのではなく、近代以降150年を経た現代社会にふさわしい、あるいはこう言って良ければ、少し先を見据えた意匠で、洗練されたものを作りたい、という意志から、木工への構えの甘さを纏った「手作り木工」という呼称は避けたいと言うことから必然なものでした。

少し抽象的な物言いになってしまったかも知れませんが、要するにハンドメイドとは言っても、徹底したプロダクト的思考で設計し、手軽に入手できる機械、道具を徹底活用し、作業合理性を追求し、そのことで産み出される余剰時間を手作業での仕上げに回し、より洗練され、より高品質なものを提供する。
当然にも、結果として、品質の割には安価な市場価格になります。

余談になりますが、こうした考えに踏まえれば、椅子を積極的に作る工房であるにも関わらず、ルーター盤1つ設備していないというのは、私には信じがたく、首を傾げたくもなります。

冒頭の「座布団椅子」の鬢太部位なども、そうした思考の産物です。
プロダクト的な思考にふまえた加工を施し、パーツ段階での加工、仕上げを行っておけば、接合を済ませば、もうその後はノータッチで仕上がりです。
はみだしたボンドを水洗いし、その局部を再度サンディングする程度で、フィニッシュとなります。

ここをサスリ(=面一:ツライチ)で設計するとすれば、1枚の枘を入れ、接合し、その後、メチ払いの鉋掛けが待っています。
当然にも、サンディングはかなり広範囲にかけ直さねばなりません。

“納まり“の良さ、悪さ、とはこうしたところにも言えるのです。
良く職人の間で交わされる「手離れの良い」意匠でもあるということになります。


ハンス・ウェグナーの椅子に一度は触れた方も多いと思います。
これらの椅子の接合部を詳しくご覧になり、気づいたことはありませんでしょうか。

接合部がサスリ(同じ厚み、同じ寸法レヴェルで接合している)ではあっても、小さな面が取られていると思います。5厘(1.5mm)ほどの小さな面です。

これは経年使用での木部特有の痩せであったり、大気の湿度変化による膨張、収縮の差異が出、チリが出てしまっても、違和感が無いように逃げているわけです。

あるいは米国の高級家具の1つであるドレクセルのキャビネットの場合、板面の多くは合板が用いられています(積層合板、ボードに天然杢を錬り付けている、あるいはランバーコアかもしれませんが)。
ただ枠材は無垢材です。この2種の接合もまた、隙間無く、完全なサスリにすれば、やがてはクラックなりが入ってくることは避けがたいでしょう。

そのため接合部の板面はやはり5厘ほどの隙間を空けているのです。
違和感なく、かつ経年変化での障害を回避するため、あらかじめ逃げておくのです。

これらと同じように、あえてサスリにせず、面チリで納めることで、経年変化による疎外を回避することに繋がっていきます。

特に、繊維方向がクロスするような個所をサスリで接合させる場合にはよくよく注意せねばいけません。


端嵌め(ハシバメ)という仕口があります。
大はテーブルの木口での仕口、小では和家具の小ぶりの戸板などですね。

小ぶりの戸板であれば、さほど気にする必要は無いのでしょうが、大きなテーブルの木口への端嵌めは、繊維方向が交差する関係にありますので、当然にも伸縮による接合部への偏倚ダメージは避けがたいものです。

この場合もやはり、甲板本体側と端嵌め側、双方の接合部位にあらかじめ、小さな面を取って置くことで、伸縮による偏倚から“逃げ“ておけば、違和感なく、長期にわたり、制作時の意匠を維持できていくことになるのです。

座布団椅子の座枠と背柱に戻りますが、
この納まり方ですが、たぶんどなたが視ても、違和感が無いばかりか、さすりで接合させた場合より、より美しく見えるのでは無いかと思います。

なお、鬢太の場合、椅子という構造体に要求される堅牢さというところから考えますと、その枘の深さから、物理的には当然としても、視覚的な安心感をも与えますし、事実、後ろへの傾斜を深く止めるという要請にもしっかりと応えるものと言えるでしょう。

※ 注意!
ところで、量産家具に視られる納まりの1つとして、イモの枘組みの扉などの接合部に、面が施されたものを視ることがあります。
これも明かな“逃げ“の1つですね。

ただこの手法はお薦めできるものではありません。

また、これは意匠的にも、見るからに美しくもありません。

本来の「馬乗り=蛇口」あるいは「面腰」で納めるべきところです。

「イモの枘組みの接合部に面が施す」という手法では、その内法の面は、接合部では美しく繋がりません。切れてしまうことになります。

馬乗り=蛇口」あるいは「面腰」で納めれば、そうした無粋なことにはならず、比較的容易に面も綺麗に廻ることになりますね。

これは“逃げ“というよりも、日本の伝統的な木工技法を貶めるものでは無いでしょうか。

(この項、もう少し続きます

hr

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  • 接欠段差は詠み人しらずただよう
    勧進のデテールが有馬温泉
    イラスト化されると
    藤四郎さんには
    分かりやす
    枘も嫁ズ
    珍憤

    x

    • 痛いところを突いてきますね 汗;
      今回のケースは比較的シンプルなものですので、概略ご理解いただけるものと思いますが、
      図版は作るべきでしょうね。

      ・・・閑話休題
      私の親方は、かなり複雑な仕口でも、図面も無く頭の中で処理し、さっさと加工するというスタイルでしたね。
      私もそれに近いところがありますが、弟子にはきちんと図示して指導してきましたよ。

      枘の割り付けも、若い頃は図面化して考えていたものですが、数年後からはほとんどは現場で考えるという悪いクセが。
      この枘の割り付けを考えるのも、実はとても楽しいものなのですね。

      板厚27mmの場合、枘は角ノミ11mmと。
      芯芯で穿つとすれば、8、11、8と。
      ここに鏡板を持ってくるには、枘穴のどちらかに接したところに6mmの小穴を_・・・なんてね。

      二枚ホゾの場合は、中間は6mmカッター(あるいは9mmカッター)で抜いちゃおう。
      板幅45mmであれば、
      7、11、9、11,7 なぁんてね。

      キリが無いので(意味もないので)、止めます。

  • 続き
    お忙し
    一筆啓上
    大明神貴下
    あのうそのう
    数字は感神ですけ
    もそっとつづけらえて
    いただけるとありがた満開
    江戸指物木口割り二寸から七分
    五分一寸挽き厚もかなりバリエあり
    本質基本ノウハウそのもので有まする
    スイッチはきらずにお豆腐さんです
    現場のツマ弾きダンケ舞羅度
    どなたも美味しい焼津干し
    増富温泉ですから
    現代の寸法録も
    役立ち枡
    強度比
    意味

    キコリーズABE

    • 枘の割り付けのことを仰っているものと思いますが、
      これはかなり個人差もありますので、必ずしもユニバーサルなものでは無く、
      あまりこうしたところに書き残すのは如何かとも思います。

      私は松本民藝で修行したということもあり、仕口等は、ほぼそれに準じていますが、訓練校でも、これは変わらず、しかもですよ、
      その後に修行した、横浜クラシック家具で長年働いていた親方のところでも、ほぼマッタクと言って変わらぬもので臨むことができたという経験から、ある種、日本のスタンダードな技法なのだと確信したものです(勝手な言いぐさかも知れませんが)

      日本のスタンダードとはいっても、実は材料の木取り規格は尺貫法の寸であり、分であるのですが、
      枘などは角ノミの刃の寸法に規定されますので、6.4mm、8mm、9.5mm、11mm、12.7mmといった、まさにインチのステップなわけです(≒1/4”、5/16”、3/8”、7/16”、1/2”)

      これなども、日本の近代化の跛行、あるいは換骨奪胎といった感じを受け、日本文化の特異な形成過程を見る思いがします(私だけでしょうかね、こんな意味づけするのは?)

      いずれにしても、その刃の寸法に規定され、作業合理性を考えつつ、割り付けしていくことになります。

      あるいは、引き戸が来る鴨居、敷居、および柱では、戸の厚みと鴨居、敷居の溝は、この枘の割り付けに合わせることで、柱に穿った戸の建て付けを納める小穴も、隙間無く、綺麗に納まるということになります。

      この辺り、そうしたことを理解しない職人もいたりして、空いてしまった隙間を別の木で埋めているものを見掛けることもありますが、もっと考えて欲しいものです。

      あるいは椅子の枘も、意外と職人により、その設計法は様々で面白いものがあります。

      最近、知人の工房で視たのですが、脚部と台輪(座が載っかる枠ですね)は直角では無く、ある一定の角度を持って接合するわけですが、この場合、台輪の枘に角度を付けるのが一般的なのですが、その方は脚部の台輪がくるところをあえて傾斜させ、台輪のオスの方は真っ直ぐにしているのですね。
      ちょっと驚きましたが、いろんな考えがあるものです。

      なお、この後ろ脚と台輪の枘ですが、後ろの台輪とも干渉してくる関係にありますので、やっかいなのですが、
      キホンは側面の台輪の枘は、椅子という性格上、極力深く入れるのが良いわけです。
      したがって、外側にずらしつつ、長く入れ、後ろ台輪と干渉しないように配慮するということになります。

      キリが無いので、このあたりで。
      「答えになっていない」?

      別途、項を改めて、考えていきましょう。

  • 図がないと軟弱頭では理解半分ですが
    学校では教えられないカテゴリーですね。
    目の黒い内にどうぞ続きを4649

    目白話しをついでに

    「KOめじろ台の教君」
    50年前に京王電鉄めじろ台分譲地で保育園・ゴミ処理施設と老人ホームの予定が住民の反対でつぶれました。サラリーマンが不動産価値下落を怖れたから。
    二世代は住めない新興住宅で子供は少なくなり
    退職後は退食、退色。売れず
    商店スーパーも閉まり安普請が傷み出し改築もままならず。
    子育てもできず養老院もできず墓場もなし。
    ゴーストタウンまではしばし。
    先を考えたくない高度成長、所得倍増計画の無理破綻。
    一億装活躍、一億総括役。チホウ早成、痴呆そうせい。
    首都高ガタガタTOKYO再生のはずでした。
    全体総合視観欠落麻痺我有人蔓延
    「子供は貴方の未来」看板もあわれ
    人情を知らず鍵っ子世代がいま暴発中
    京王KO 目白の名前だけが的確でありました。

    傾国団地住民のおそまつ落葉松

    ノイズ場違いはおなじです。
    アーメンそーめん。
    目の黒い輝コリーズABE
     

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