工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

雑誌『室内』休刊に想う

「工作社」発行の『室内』は木工・家具・インテリア業界のリーディングマガジンといって間違いではなかっただろう。
確かに現在では類誌は数え上げるのが難しいほどあるかもしれないが、50年間にわたる歴史とその実績、業界に与えた影響は計り知れないほどのものがあるだろうと思う。
休刊にあたり20年間にわたる購読者としての感謝を申し述べるとともに少し思うところを記述して見たい。
良く関連業界紙から投稿を依頼されたことが多いが、これらのそのほとんどは広告がらみだ。広告を出してもらうかわりに紙面を提供する、というもの。
ボクはこれまで一切こうした依頼へは応えていない。
また雑誌の表紙にうちの家具を掲載するから年間購読して欲しい、というようなものまであった。
これらはいわゆる業界誌といわれるものだ。
つまり業界のための情報誌であり、その経営資源のほとんどは広告で成り立っている。
したがってジャーナリズムとしての紙面構成というものではなく、広告クライアントをおもねる記事で埋め尽くされるというものだ。
もちろん業界にとってはそうしたものも必要悪、とまでいわなくともそれなりに意味あるものではあろう。
しかし『室内』はそうしたものとは1線を画す紙面作りをしていたように思う。
そうした姿勢が多くの読者からの信頼を勝ち得た要因であり、リーディングマガジンとしての品質を維持しえた理由であったことは言うまでもない。


さて一方、編集兼発行人であった創設者の山本夏彦氏であるが、前回も触れたように、この雑誌に連載された「日常茶飯事」というコラム集の刊行で著名になった文筆家という顔を併せ持つ人だった。
ご存じのように舌鋒鋭い毒舌のコラムニストとしてつとに有名だ。
多くの人が記憶にあるだろうその物言いをいくつか挙げれば…、

  • 戦争あるべし自然なら
  • 自国の悪口を言う教科書なら、それは悪いに決まっている(「家永教科書裁判」へのコメント)
  • 女に選挙権はいらない
  • 女は永遠に十七歳
  • 笠智衆だいっきらい


と言ったような名言(迷言)を遺しているのだが、朝日、岩波嫌いで通っていた人だけのことはある。
個人の好き嫌いなど勝手だが、それらには家父長制的、女性差別的、排外主義的な臭いが強烈であったのでいつも鼻白む思いで遠ざけてきたものだ。
しかし上に上げた理由もあり本誌の方は愛読というネジレが起きていた。
夏彦氏の思想信条は肯定できないけれど、その紙面には世話になるということであったが、編集側にあっても同様に、それとこれとは別、というスタンスを採っていたように思う。
編集兼発行人、という立場であれば、自分の雑誌にどのようなことを書こうがそれは自由なのだからだ。
しかし夏彦氏の逝去を機に編集兼発行人を継いだご長男伊吾氏に父親がやってきた雑誌経営編集にどれだけの情熱があったのかは知らないが、「日常茶飯事」に代わるコラム「虎の門一丁目」に書かれる記述内容には、とても違和感があったことだけは確かだ。
最近のものから、少しだけ挙げてみれば…

「小泉の善行は靖国だけ。……その靖国も、8月15日に参拝しなかったことで男を下げたな。それ以外、小泉に何がある?国内じゃあ、あんなに勇ましいのに、あれほど言いたい放題の中国や韓国に文句ひとつ言えない。論を立てて、堂々と内政干渉と主張すべきなのに、…」(「虎の門一丁目」19 [’05/10月号])
「私が写真週刊誌『FOUCUS』に在籍していた時、神戸の「少年A」の事件が起こった。雑誌の性格上、掲載するかどうかは後の判断として、「少年A」の顔写真を手に入れた。写真を見て、私は掲載すべきだと即座に判断した。事件の底、根を、この眼で理解できたような気がしたからだ…」(「虎の門一丁目」21 [’05/12月号])

あの親にしてこの子あり、血は争えないなぁ、ということを言うつもりはない。
夏彦氏が自分が創設した雑誌に好きなことを書くのはよい、これを継いだ伊吾氏も同様に良いのだろう。
しかし伊吾氏の好き放題の記述には、ちょっと待って欲しい、との異議は挟ませてもらいたいと思うのは単なる個人的感情とは異なる出版界における通念との対比において不当なものではないと思うのだ。
この人は新潮社発行の写真週刊誌「フォーカス」編集長だった人だ。(確か週刊新潮には夏彦氏のコラムが長期連載されていたはず)
ここでどのような編集スキルを培ってきたかは知らないが、決して品位があるとは思えない文体と展開される眉をひそめるような言説の歪みは、いくつもの訴訟沙汰になった「フォーカス」記事の編集長ならではのものだったのかもしれない。
しかしそれで、なるほど !、と首肯するだけではいけない。
このスタンスを編集兼発行人という全権を振るえる立場で展開されたら、もう私物化以外の何ものでもないのだから(編集と発行人という、本来分権すべき立場を兼務することの問題についてはここでは論じない)。
休刊に至る経緯、その本当の理由がどこにあるのかは1読者でしかない凡夫には分からない。
しかし類誌を圧倒する発行数を誇るであろう社会的公器としての雑誌の紙面に、編集発行責任者が本誌とは直接関係のない、かなり濃厚なバイアスの掛かった信条に根ざしたエッセーを掲載するということが全くその経営に影響を及ぼさないとは言えないだろうと思う。
実は毎年初にこの雑誌の年間購読の契約更新があるのだが、そうした理由もあって購読を止めるつもりでいたのだが、その必要もなく休刊になってしまった。
紙面には世話になったし、大きな期待も持っていた。しかし残念であるが「その使命は終えた」。
このような経緯をたどるのであったならば、創刊からここまで育て上げてきた山本夏彦氏の死去とともに使命は終えるべきだったのかも知れない。
さて、今後はどのような雑誌が『室内』に代わるリーディングマガジンになるのだろうか。あるいはそうした類のものはもはや要請されないということになるのだろうか。
いずれまた機会があったら、今後のこの種の雑誌の在り方についても考えてみたい。

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  • [読んだ本][木の勉強]「室内」休刊

    木工、家具業界誌「室内」 突然の休刊発表です。 最新号にも発行元のHPにも なにも書かれていないので ほんとうに唐突の決定という感じです。 「室内」を読み始めたのは 家具に興味を持ちはじめたここ数年 お金がなくて殆ど図書館で読んでいたので 本を大人数で回

  • 休刊非常に残念です。15年読み続けました。どのインテリア雑誌よりも仕事に携わっている者にとって、役に立っていました。無くなるなんて、考えられない・・・
     
    ところで、年間購読者はどうなるんですか?

  • ジュンコさん コメントありがとうございます。
    ?、ボクも永らく年間払いの定期購読者でした。
    現在まで何の連絡もありませんが、恐らくは最終号である3月号の配送とともに清算に関わる然るべき手続き方法の「お知らせ」が入るのだろうと考えていますが、さて……。

  • 雑誌「室内」休刊

    [http://www.shitsunai.jp/ 工作社]さんの室内が休刊となるそうです。
    BLOGで拝見し、ショックを受けました。

    実は僕は、そんなに古くから読んでいた訳では無いです。
    しかし僕にとって、とてもとても有用な情報源であり椅子張りの世界への門でした。

    難題

  • chair_holicこと杉田です。トラックバックさせて頂きました。
    まだまだ購読は浅いものの・・・僕が本屋・図書館に行く理由の少なからずが、室内の最新刊〜バックナンバーを読むためです。
    本当に残念に思っています。
    また行く先々で話題になっていて、影響力の大きさに今さらなが驚いています。
    一つの雑誌が休刊したというだけにとどまらず、何かしらの意味をもっているようにも思っています。
    復刊、次なるリーディングマガジンの創刊・・・これが求められないなんてことは無いと信じたいです。

  • chair_holicさん 丁寧なコメント感謝します。
    こちらからもTBさせていただきました。
    編集者兼発行人からの休刊に関わる発言を待ちたいと思いますが、公式な形では期待できないかも知れませんね。
    ジュンコさん、改めて補筆のコメントを。
    「室内」サイト、[定期購読のお申し込み]では次のようなコメントがあります。
    「すでに定期購読を継読中の方へは、3月号以降の購読料を精算させていただき ます。詳しくは追ってご連絡いたします。(2006/2/1)」
    → http://www.shitsunai.jp/subscription/

  • 昭和40年9月頃から半年位 工作社の入社内定者としてアルバイトをしていた者です。当時 のざわさんという方がいたと思います。当時の方が おられましたら当時のお話をしたいものです。

    • Wow! 『木工界』から『室内』に誌名変更して間もない頃のお話しでしょうかね。
      たぶん、ネット上で『室内』に言及している記事が極小ということから、拙Blogにお越し頂いたものと拝察。

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