3.11が巻き起こした、新たな社会運動と「風化」
昨夜のエントリ(4年目の3.11に思う)を読み返してみたが、どうも隔靴掻痒の感が否めない。 これは3.11を巡る大状況のあまりの過酷さ、日本社会の深層をまるごとひっぺ返すほどのものであったことから、原稿用紙わずかに20枚 […]
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More »あの時、そして4年を経て あの時も今日のように真冬の厳しい寒さだったように思う。極寒の中での逃避行、凍るほどの冷たい津波に洗われ、凍えながら救助を持つ数万人にのぼる人々らが逃げ惑う、想像を絶する震災だった。 震災後の関連 […]
More »「絆を強調 ちょっとだけ心配」 今朝、acanthogobiusさんからコメントをいただいたが、朝日新聞の記事からのものだった。 少しページをめくると、第二社会面というところになるのか、『シブトク立ち直って』というタイト […]
More »被災地へのアクセス 3月22日(地震発生から11日経過) 夜明けを待って四日市から搬送されてくる車両(ハイエース)への積み込みをすべく、5時にはスタンバイ。 前夜はやや緊張を引きずりながらの就寝だったが、熟睡できたようで […]
More »昨日、義援金、および支援物資を寄せていただいた方々への活動報告を含む礼状を発送。 その中で住所もメルアドも不明な方が1人いらっしゃった。 銀行で確認できるのは振り込み元の銀行名、記入氏名ぐらい。 ぜひこのBlogのMai […]
More »災害ボランティアへの準備を始めて、はや3週ほど経過する。 帰還後翌々日からは工房へと戻り、溜まりたまった業務へとシフトしつつあるものの、事後の諸々の整理、文書作成、貸与物資の返却等々、慌ただしく過ぎ去っていったが、概ねこ […]
More »石巻市B.Cへのアクセス ところで、ボクたちがこの被災地を抱えたボランティアセンター(以下B.Cと略)へとアクセスするためには、いくつかのハードルがあった。 この石巻市B.Cが設置されていることは宮城県の社会福祉協議会W […]
More »神なき苛烈な被災現場に別れを告げ、昨夜遅くに帰還した。 雪中、あるいは雨中でのヘドロまみれの家財道具の片付け、廃棄の作業は、延々と繰り返すいつ果てるとも分からない慣れない一輪車(ネコ)を駆使してのもので、それはシジフォス […]
More »果たしてこれが現実?、我が目を疑う光景が目前にひろがっている。 3階建てのビル屋上に乗っかっているマイクロバス。 河口から上流に約3km、渓流を阻んでしまっている流れ来た家屋。 1つ1つ描写するとすれば、数回分の更新でも […]
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