敗戦から80年、日本社会の光景に想う 6
破局へと向かう時代潮流に、どう向き合えば良いのだろうか
今、日本社会の地べたでは、困窮する日々の生活から将来構想などまったくと言って描けない状況下、「日本人ファースト」などと、責任転嫁の甘い囁きに疲弊した心は奪われ、80年前の反省と教訓など「知るかい」とばかりに、歴史の彼方に忘れ去られ、砂糖でまぶされた歴史修正主義の言説にコロンと跪き、分断と排外主義を煽る政治家、評論家の片言隻句に魅入られてしまっている人々の虚ろな眼差しがそこかしこに…。
高畑勲監督が語る「戦争末期の悲惨さを伝えることだけが平和教育じゃなくて、理性的な教育」を求め、学ぶことで、世界の分断ではなく、対話と協調、そのための富の再配分、貧困の撲滅へと足並みを揃える方向へと流れを作れるのかどうかなのだろうと思うものの、隔靴掻痒の感。
そんなことが簡単にできるはずも無いとお考えかもしれませんが、しかし有権者の5%、いや3%でも、誰しもが人として生きる誇りと歓びを感受することができる未来社会を信じ、これに賭ける人が起ち上がれば、世界は変わっていくものです。
最悪、例え破局を止められずとも、その後に立ち現れるだろう新しい世界を生きるためにも、です。
ガザを巡る状況
イスラエル軍による絶え間ない空爆と封鎖により、〈火垂るの墓〉の節子と清太の最期と同じく、餓死で死にゆく光景が、ガザで今、日々生まれているという現実があります。
これを見知りつも、世界の無力さゆえ、人権と人命の崩壊は中東戦争一般の残虐性を越え、人類史に黒々と汚点を刻むものとなっており、世界の破局への道標になりはしないかとの怯えで、心が塞がれてなりません。
イスラエルの封鎖により国連による食糧支援は完全に断たれ、現地で医療支援を提供している「国境なき医師団」スタッフでさえ、1日1食にありつければ良い方。ガザの市民はそれさえ覚束ない。
しかも加えて、空からはひっきりなしに爆弾の雨が落ちてくる状況。
あるいはそれまでガザ全域400個所で食料配布を行っていた国連のプロジェクトはイスラエルの圧力で停止され、これに替わり、米国政府とイスラエルが提供する食糧支援のプログラム(「ガザ人道財団(GHF)」)の配給所は4個所しかなく(何と以前の 1/100ヶ所)、しかもそこにはイスラエル軍のライフルが待ち構えるという罠があり、銃撃される危険性の高い状況下でのもので「飢えて死ぬか、空爆で死ぬか、あるいは死を覚悟して食糧配給に向かうか」
まさに日常の毎日が人間の尊厳を根底から奪い取られ、「メメント モリ」を強いられる絶望的な状況にあるのが、現在のガザです。
(国境なき医師団(ガザ:「援助に見せかけた虐殺」──イスラエルと米国による食料配給システムの解体と封鎖の解除を)
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