工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

秋めく週末

ニラの花今日も不安定な陽気だったが、午後からは久々に晴れ上がり秋の高い空が気分を良くしてくれた。
8月下旬から始まっていたこの辺りの稲刈りもほぼ終えたようで、刈り取られさっぱりした田んぼではカラス、野鳥などが落ち穂を啄んでいる。
4.5日もすれば田んぼの畦には曼珠沙華が華やかに顔を見せるだろう。
画像は、さて何でしょう。
畦道にも、うちの庭のそこかしこにも数本づつ茎が伸びている。
ニラの花だね。
1本の茎に半球状に白い小さな花を数10個も付ける。
花弁が6枚あるように見えるが、そのうち3枚は苞(ほう)だとか。
黄色い雄しべが6本。アクセントカラーできれいだ。
葉っぱは当然食することができる。花ニラというのは専用品種があるようだ。
ボクは中華料理は好きで良くキッチンに立つが、炒め物にはよく使う。
臭い成分のアリシンも身体には良いんだろうね。
調理ではあまり火を通しすぎないのがコツかな。
熱した油に投入すると同時に塩をパラパラ振ればより緑が映えるね。
高温でささっと炒めれば OK !。
卵焼きに溶き込むのも悪くない。
こんな綺麗な花を撮影して、考えることと言えば調理のことというのも、しかし食いしん坊に過ぎるかな。
週末の天気はどうだろうか。晴れると良いね。
* 画像、クリック拡大(800px/73KB)
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松ヤニとの格闘 / freud社ブレード

このところアカマツでの家具制作が続き、機械も刃物もヤニだらけで往生こいてます(これって方言だろうね)。
最悪なのはプレナーだね。定盤にヤニが付くのは仕方がない。硬質プラスティックのスクレーパー様のものでこすげ取る(これも方言?)。
さらに大変なのは下部ローラーに付着したヤニ。
ここにヤニが付着すると、おが屑と一体化し、突起物様の障害物となり、被加工材の板面に自動送材過程で傷が付いてしまう。
告白すれば、最初は気づかなかった。
削り終えた材料に凹み傷があちこちに (?_?)
はて、?と暫し首を傾げプレナー機構部をのぞき込む。
下部ローラー、600mmの幅の特定箇所に付着物がびっちりと。
特定箇所というのは、ヤニの障害による送りの不具合を覚悟して、一定のところで集中して使用したことによる。
いや、これがなかなか取れない。高速で回転させながら、アセトンで濡らしたウエスでローラーを湿らせ、硬質プラスティックのスクレーパーで取ろうとするが、とてもやっかいな代物だ。
プレナーという機械は機構が複雑であるので、今次アカマツ加工を終えた後に、刃を取り替えながら(超硬刃であるため、めったに取り替えないが)、恐らくは裏刃を中心に、送材ローラー(ガンギローラー)など、その他の機構も含めしっかりとヤニ付着を取り除く洗浄をしたいと考えているが、とりあえずは送材での不具合は起きていないので、この下部ローラー2本分を処理した。
freudブレード
ところで、丸鋸の刃はこんなもの ↑ を使うとヤニ対策になるね。
テフロンでコーティングされたブレードだ。
イタリアの「freud」社のもの。
80チップ、50チップ、24チップと3種用意しているが、これはテフロンコートというだけではなく、キックバック対策が施されたブレード形状となっていたり、ブレードの厚みは3mmと比較的厚い。軽いフィーリングで良く切れるし、それでいて回転音もとても静粛性が高い。
以前、友人のT氏の斡旋で購入したものだが、大事に使っているよ。
カネフサを含め、日本の木工刃物の品質も高いと思われるが、しかしこのような優れたものを使うと、その設計思想に木工産業の歴史と伝統の差異というものを感じさせられてしまうことも少なくない。
補記(07/09/14)
なお、このFreudの丸鋸刃のシャフト穴径はほとんど全て5/8″となっています。
一般に日本の丸鋸盤のシャフトは1″ですので、Freudの丸鋸刃を用いるには径の拡大が必要となります。(機械屋での加工は可能です)
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「古き日本の面影」芹沢美術館

芹沢美術館パンフ1

静岡市立芹沢美術館から次期企画展の案内が届いたので紹介しよう。
「古き日本の面影  ─ アイヌと沖縄の染織 ─」

染色家・芹沢けい介が30代のころから親しみ、尊敬してやまなかったアイヌと沖縄の染織。日本の北と南の端で個性的な発達を遂げたこれらの染織は、周辺地域の様々な影響を受けつつも、古い日本の面影を残しているといわれます。今回の展覧会では、芹沢が収集したアイヌの染織資料45点と、沖縄の染織資料49点を一堂に展示します。

ボクにとって北海道旅行の楽しみの1つはアイヌ文化に親しく触れることができることだが、アイヌ民俗資料館に造作なく置かれている染織には目を見張るものが少なくなかった。
何よりもその意匠は独特でヤマト民族の末裔のDNAからは探し出すことのできない独自のものだ。
呪術的な印象の強い意匠を読み解くことは、アイヌ文化に深く分け入ることに繋がっていくことだろう。
一方紅型に代表される沖縄の染織は現代の日本の染織にも大きく影響を与えている。
一時は沖縄は様々な領域でブームになった感がある(今も続いているのかな?)。
しかしそのほとんどは消費される対象としてのそれでしかなかったのではという懸念は強い。
南国の島々。癒しの観光地。しかし沖縄独特の文化と歴史に深く分け入り、ヤマトとの関係における歴史と現在を対象化しようとすることはむしろ忌避され、ヤマトには無い異質の土壌と文化も消費の対象として再生産されていく。
芹沢美術館パンフ2民族固有の伝統工芸に触れることはその民族の生活文化を知り、同時に自国の生活文化にどのように影響を及ぼしているのかを比較対象することを通して、帰属する民族の歴史と現在の由来を知る契機になるだろうし、ひいては自己というものを知ることにも繋がっていくだろう。(注)

どこからきて、どこへいくのか。

芹沢さんは世界各地の民族文化を深く訪ね、工芸品を狩猟、収集したコレクターでもあったが、このアイヌと沖縄の染織は特筆すべきものということなので楽しみだ。
【古き日本の面影  ─ アイヌと沖縄の染織 ─】
会 期:2007年9月15日(土)〜11月25日(日)
休館日:毎週月曜日(9/17、9/24、10/8を除く)、9/18、9/25、10/9
■関連イベント
・講演会「沖縄の紅型と芹沢けい介について」
講師:兒玉絵里子(沖縄国際大学南島文化研究所特別研究員)
日時:9月23日(日・祝)13:30〜15:30
申し込み:往復はがきにて返信宛先、住所、氏名、電話を記入し美術館まで郵送(9/11〆切)
・アイヌ文化体験講座
講師:居壁太・宇佐照代(協力:財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構)
日時:10月21日(日)10〜12時、13:30〜15:30
申し込み:往復はがきにて返信宛先、住所、氏名、電話を記入し美術館まで郵送(10/10〆切)
・学芸員による展示解説
日時:10月13日(土)・11月11日(日)13:30〜15:30
直接美術館へ、満席になり次第受付終了
他、Webサイトチェックを(こちら

*注
日本の近世の国家形成におけるアイヌと沖縄の関係はそれぞれその手法も歴史的経緯も異なるが、支配と収奪、領有の歴史であったことでは共通する。これは現在においても諸関係において色濃く残存していて、工芸という分野からアプローチするにあたっても、それらの背景に刻み込まれた史実と生活文化に参照を求めることも重要なことだろう。

あれは伊勢湾台風の夜だった

台風19号は各地で荒々しい爪痕を残して北上していった。
当地は直撃は免れたようだったが、猛烈な風と断続的な豪雨に見舞われ数年ぶりと思われる台風通過だった。
個人的に台風で思い起こされるのは「伊勢湾台風」(1959/09/26)。
小学生の頃という遠い昔の話。当時奈良県南部の山中に居住していたのだが、900-920ミリバール(当時はhPaという単位呼称ではなかった)の威力を持つ超巨大な台風が潮岬に上陸。
その後紀伊半島を縦断し、日本海へと抜けていったのだが、名古屋市、三重県を中心に死者・行方不明は5,000人強を出すという阪神・淡路大震災を除けば自然災害としては近代歴史上最大の被害をもたらしすものだった。
なぜこれが記憶に鮮烈であったのかは台風の通過途上に位置していたこともあるが、この日はボクの誕生日ということで、母親と弟、そしてボクの3人でささやかなお祝いをしていた時だったからなのだ。
父親は出張で留守。中学の兄は高校受験を控え街の親戚宅へと預けられていて、残る3人の家族が留守を守るという全く心許ない状況だった。
猛烈に吹く風は雨戸を閉めてもガタガタッガタガタッと小さな家を揺さぶり、とても生きた心地がしない夜だった。
当時はTVなどはまだ無く(放送はされていたが、まだ一般には普及しておらず、うちにTVがやってきたのは2年後だった)、ラジオ放送で台風情報を聴きながら必死の形相で母親と共に雨戸を押さえ、立ち去るまでひたすら耐えていた。
誕生祝いなどというハレの気分は吹き飛び、ただ生きていて、また明日から学校へと行けるのが嬉しかった。
それから50年近く経過し、災害対策は大きく進化し、情報網も整備されてきた。
しかしなお自然の驚異に晒されたときの人間社会の脆弱さを思い知らされることも屡々。
皆さんの地での被害はどうだったでしょう。
台風一過。
朝、工房の湿度計は70%。まだこれでは組み立てのできる環境ではない、ということで次の制作準備などで大気の乾燥を待つ。
午後にはみるみる湿度は下がり、50%近くまで落ちる。
いそいそと組み立て準備に入り、にやけながらホゾ穴にボンド。ホゾにボンド。
ホゾを指し、ショックレスハンマーでガツン ! 。
組み立て作業は、一連の工程の中にあって、もっとも楽しいハレの場だね。
針葉樹なので割裂が懸念されるが、そこは経験とカンで問題なく組める。
矩、平滑性、捻れなどを確認して圧締。
今日は帆立4組、扉4枚等々。
改めてアカマツが組み上がると、美しいと思った。

台風9号直撃とiPodファミリー更新

台風9号
台風第9号 (フィートウ)、何やら静岡直撃じゃん。965hPa、超弩級な威力を振りかざし、石廊崎の南 約120km付近を北上中。
当地では断続的に横殴りの雨と突風が叩きつけている。気象庁のレーダー画像は午後7:30のものだが、台風の眼がくっきり。数時間後に当地もこの眼の中に入っちゃうかな。
実は今日はキャビネットの加工も終わりパーツ単位での仕上げも済んだので、組むばかりになっていたのだが、この状態ではとても組む勇気は無い。
潔くあきらめることも時には重要。
加工を終えた材料は布団で二重三重に簀巻きにし、機械という機械の定盤はベニヤ板で覆い、プレナー、四軸ホゾ取り盤など内部が複雑な機械へは布団で丸ごと覆うなど、劇的湿潤状態への対策を施し、さっさと早じまいだ。
今夜半から明日未明に上陸、午後は台風一過と踏んでいるが、さてどうなるかな。
工場を閉めた後はスティーブ・ジョブズ氏(アップル社CEO)の本日6日未明(日本時間)のサンフランシスコでのApple社のSpecial Evenの基調講演(Keynte)オンデマンドビデオを視る。(こちらから)

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松 ─ 針葉樹の美しさ

松材
以前も記事にしたことだが、断続的に建築解体材を使ったいくつかの家具を製作している。
普段もっぱら広葉樹を活用している感覚とは違い、戸惑いとともにあらためてその美しさを再確認させられてもいる。
松(アカマツ、クロマツ)および一部檜。
使用部位は桁、梁、柱、および天井板。
構造材の桁、梁、柱の古材の方は、そのほとんどは1尺角を大きく越えるボリュームのものだったし、天井板もいわば中杢に近いような良質のものから端節のあるものも含め、1尺2寸ほどの幅のものもあった。
依頼主からは当初構造材の方を見せてもらったのだったが、さほどの材積でもないので、果たして卓以外のものを制作するのは無理だろうな、と算段していたのだったが、実は天井板も私たちで確保したのよ、と倉庫の方に案内され、6分、7分板で20枚近くの松材の天井板を確認することになった。
この天井板があればこそ、框構造のキャビネットを構想できるからありがたい。
水屋、和箪笥、などいくつかのプランを提案し、今回は卓とともに水屋を制作している。
古材は昨年秋に再製材し、シーズニングしてきたものであるが、赤松特有の青変菌に侵されてはいないものの、さすがに60年ほども経過し虫害も多く、木取りに苦労させられている。
工房起ちあげ直後、一時ある家具屋の特注制作を請けていたことがあり、ここでパイン材を用いたカントリー風の家具を制作していたことがあったので、その性質、特性なりは体験済みなれども、やはりあらためて加工工程での特徴的なこととして脂(ヤニ)の扱いには閉口している。
切削機械、切削刃物すべてにヤニがこびり付き、この処理は普段広葉樹を扱っている者としては無視することの出来ない実にやっかいなことである。
単にヤニがこびり付き汚いということに留まらず、機械の摺動性、自動送り込みなどにも少なくない影響を及ぼす。
またこのヤニの問題は接着性にも難をおよぼすだろうから、これもまた慎重でなければならない。
あるいは杉などと較べればましなものの、春目などはどうしても柔らかいので、引き戸など建具を建て付ける場合などには敷居部分にサクラなどの硬質材を埋めるなどで補ってやらなければならない。
しかしアカマツ、クロマツは針葉樹の中にあっては以外に重厚で強度もあり、加工性は悪くないと思われる。(米材のそれらとはかなり違う)
そうした特徴を備えている松だが、最後にやはりその木目の特徴について触れておきたい。
古来より日本ではアカマツ、クロマツが至るところで育てられてきている。
ここ静岡では全国的にも知られた「羽衣伝説」の舞台、三保の松原の老松は有名だが、日本の海岸沿いで松を見ないところが無いほどありふれた樹種。
風雨に晒されてなお耐え、曲がりくねったその姿形は建築材における横材(桁、梁など)として重宝されるが、こうした材を製材すれば力強くうねった杢を醸すだろう。
無論家具材としても有用。
今回の仕事を達成させ、首尾良くいったらば、機会を見て新材のアカマツを入手し力強いキャビネットでも作ってみようか。
今回木取った材の部分を画像にしたが、春材と晩材が見事なコントラストを見せ、とても表情豊かだ。(台輪、支輪部分)
ややヤニっぽいところも処理は大変ではあるものの、建築材ではその力強さから上がり、床板などに喜ばれているし、手頃な太さであれば茶室(草庵)では床柱にさえ珍重される。
まさに日本の風土、日本建築に欠かすことの出来ない樹種の1つと言えるだろう。

アン・サリー「こころうた」

こころうたアンサリー(Ann Sally )という歌手がいる。
ボクは数枚のアルバムを購入した程度でファンと言うにはほど遠い者でしかない。
そんなわけでこのところ関心が行き届いていなかったのだが、最近「NHKみんなの歌」に作曲・歌手として関わり話題を呼んでいるというので、この曲も所収されている最新アルバム《こころうた》を購入しようと考えている。
試聴も購入もiTSからできるよ。
アン・サリー - こころうた

彼女の存在を知ったのは2001年の!stアルバム《Voyage》から。
その頃は確か医療研修でニューオリンズに在住していて、収録も彼の地で行われたものだったと思う。
彼女は心臓内科医なのだが、現在は帰国し、2足のわらじ、いや3足、4足のわらじで活躍中のようだ。
天は二物を与えず、などと一物も与えられていないボクのような凡人には救いの手ならぬ諦観に逃げ込ませる甘いささやきがあるが、彼女はどこからみても隙のない才媛。ドクターで二児の母親で、Jazzシンガーで美しい人。etc,etc
(第2子はこの5月に生まれたばかり。公式サイトDiaryに詳しいが、娘ちゃん(1)←[長女のこと]は「NHKみんなの歌」で母親の歌が始まると踊り歌うそうだ)
その彼女が「NHKハート展」に応募されたハンディキャッパー(接尾語“er”の用法はおかしいが、日本語化しちゃってる現状に倣う)の詩に50組のアーティストが触発を受けて作品を制作するというプロジェクトの今年の「NHKハート展テーマソング」の依頼を受けて作曲・歌唱した。
彼女が選んだ詩は「のびろのびろだいすきな木」という奈良県在住の加藤勇喜さんの作品。
木という自然界で最大の大きさと寿命を持つ生物を取り上げ、ピュアな心の大きな視野で木と人間の関わりを詩作している。
彼女の作曲・歌もこの清新な詩を自身の世界へと見事に取り込み、これを特有のナチュラルトーンでやさしく歌いあげている。

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保険医療指定取り消し病院の影響

昨日は8週おきに予約通院している地元総合病院の呼吸器科へと検診に出掛けた。
検診とはいっても薬を処方してもらうための形式的なもの。
聴診器を胸の前後にあてるだけ。3分間でオワリ。
呼ばれるまでの数10分間、診療ブース前の廊下のベンチに腰掛け文庫本を取り出し読みふけるのがいつものことだが、今回はせっかくだから看護婦、事務員を捕まえてはあることを尋ねてみた。
あることとは、隣町の藤枝市立総合病院が、一部の歯科治療(インプラント)で診療報酬を不正に請求していたということで、保険医療機関の指定を10月から取り消されることとなり、その影響がこちらにもくるのでしょうね、といったこと。
数日前、全国ニュースにも大きく取り上げられたことなので、周知のことかもしれないが、地域では大変な話題になっているようだ。
この病院、昨年兄が最期を迎えた病院でもあり、また30数年前には父親もこの病院で世話になり亡くなったところ。少なからず強い縁に結ばれたところでもある。
しかしどうしてこのようなことになってしまったのか。
入院患者、通院患者、全ての患者が指定取り消し期間、保険請求できなくなってしまう。対象となった歯科の患者だけではなく、全ての診療が対象となる。病床654という地域最大の中核病院でもあり、その影響は計り知れなく大きい。

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慈雨と秋めく雲

雨上がりの空一昨日の皆既月食は予測を裏切りまずまずの観測日和だったが、今日は猛暑をもたらした大気を払うように時折細い秋雨が降ってきた。こうして長い酷暑の8月も終わりを迎え、日一日と秋めいていく。
仕事を終え工房から外に出ると飛行機雲が数条鮮やかに浮かんでいた。その先端には西日を受けて真っ白に輝く機体。雨が大気をクリアにしてくれ、晴れ上がった青空をキャンパスに白い絵の具で一筆書き。
左画像はその30分後の工房から望む西の空。夕焼けに染まる低空の雨雲の上には、秋を知らせる鰯雲が高い空に拡がっていた。


ぶどうそして数日前には信州から秋の味覚が届く。デラウェア。
青々とした茎にぶら下がる大きな粒ぞろいの最高クラスのものだろう。
工房の3時の休憩時にはそれまでの酷暑乗り切りの切り札、スイカに替えアシスタントとともにひたすら摘む。
撮影はあえて逆光を取りぶどうを透過する光で明るいワインカラーを演出しようと考えたが、手振れがひどく失敗。

Made in Denmark も様々

うちはよその家具の修理というのはほとんどしない。
全くしない、と言いたいところだが、いくつかの例外はある。
今回もその数少ない例外の1つ。
ところでなぜ請けないかと言えば、他所の制作による家具の修理には責任が持てないから、というまことに正当な理由による。
しかし正当な理由からばかりではない。
修理、という社会的需要と地域の家具屋としての社会的貢献も無視できないが、本業も忙しいし、修理ではなかなか正当な報酬は得られない。
つまり修理というものには意外と手間が掛かるものの、これに十分に見合うだけの費用を充てて貰えるわけではない、という少し卑俗な理由もあったりする。
さて今回の例外は地元の知り合いが勤める北欧家具を扱う問屋からのものだったから。
上のような考え方からして断る理由が無かったわけではないが、ま、付き合いもあるし‥‥、難易度が高いわけでもなかったし‥‥、 
そんな訳でセンターテーブルを10台修理。
修理箇所は天板下の棚板の接合不良。
胴付きの多くが切れている。
デンマークのとあるメーカーの制作によるものなのだが、ダボ接合部分の接着不当。理由はどこにあるのか良く分からない。計測して見るもダボ径とせん孔の関係性が悪いわけではない。
さすればボンドが良く効いていない、としか考えられないだろう。
したがって、棚板を一端完全に外し、必要に応じてダボそのものも交換し、木口の胴付き部分(接合部分)をスクレーパーで綺麗にし、あらためてダボ穴にタイトボンドをややはみ出す程度の量で注入し、そして圧締。まずはバークランプでしっかり圧締し、はみ出したボンドを処理し、その後ベルトクランプに替えて数時間圧締。
しかしこの棚板部分を外す、というプロセスがなかなかやっかいだった。
ま、そこは長年の経験と勘でやり終える。
こういう箇所はタイトボンドが活躍するね。
エポキシという考え方もあるが、はみ出し部の処理に難点があり、作業環境という利点においてやはりここはタイトボンドに一歩譲る。
なお修理した以上、責任が発する。「また、切れたょ」と持ち込まれないことを祈りたいが、まず大丈夫だろう。
でもやはり、あまりこうしたことは積極的にやりたくないので、この問屋がある地域で請けてくれそうなところを探しだし、以後、そちらへと移行させていただこうと企んでいる。
こうした修理という事柄に関しては過去少なくない逸話が転がっている。
ボクが制作した○△が破損している、という噂が耳に入ったことがあった。
しかし確認してみると、ボクのデザインではあるが、他の木工所で作成したものであることが判明。
また、ある作家の箱物が壊れたというので、知り合いのギャラリーから修理してくれないかという相談があった。
人の作ったものは責任取れない、と断り続けたものの、最後は請けざるを得なくなり、渋々引き受けたことがあった。
結局苦労して修理させていただいたのだったが、この箱物は明らかに破損してしまうような技術的に未熟な設計、製作によるものだった。
プロとは自分の仕事でこのようなことが起きないように、日々技法の鍛錬を積み、また集中力を切らさないように精励することが何よりも肝要だね。
修理の画像は上げるのはよそう。メーカー、問屋の名誉に関わることだからね。