工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

凜と、水仙のように

水仙庭の水仙だが、年越し前から咲いていたもの。
裏庭の寒椿も蕾がほころんできた。陽も延びてきたしね。
厳寒期だからこそ、春の兆しが嬉しい。
今、NHK BS2では「フォーク・ロック」を放送していて、デジャブの面々が若作りして出演している。
横目でちらちら視ているのが丁度良い加減か。
でも考えてみれば、今のTVの音楽番組などで歌われるものなど、オトナが聞くに堪えるものは数えるほどしかないのが日本の1つの姿。
音楽に限らずTV世界そのものが幼児退行しているからね。
いやいや実はTVだけではなく、社会そのものが幼児化しているのかも。
そうした間隙を埋める意味合いの番組編成か。
ここでは今日はトレイシー・チャップマンを。
デビューアルバムから「Fast Car」YT

デビューはボクが工房を起ちあげた年、1987年なんだね。
デビュー直後グラミー3部門を獲得するも、享楽的なポップス全盛の時代に背を向けて、ギター1本で自身の唄の世界を掘り進む。
スティング、ユッスー・ンドゥール、ピーター・ガブリエルなどとアムネスティー・コンサートの常連というから、その姿勢は明確。
Fork歌手と分類されるようだが、Soul、あるいはRockと言った方がすとんと落ちるよね。いわばボブ・ディランのようなスタンス。
数日後にはホワイトハウスに迎えられるバラク・オバマ氏。祝賀ムードに浸る暇もなくイスラエルのガザへのジェノサイド的猛攻という手荒い洗礼に留まらず、国内経済回復などその政権運営はいきなり難しいところからのスタート。
トレイシー・チャップマンも黒人アーティストとして支援してきたようだが、距離の取り方はよく考えないとね。
■ 公式Webサイト
(このサイト、Flashばりばりで、いろいろと多機能。塗り絵も楽しめるよ。空飛ぶ鳥、あるいはサッカーボールに色が塗ることができればあなたのマウスクリック力はGood !)

長台鉋は使っていますか

長台鉋
画像はご覧のようにありふれた大小3台の長台鉋。
前回超仕上鉋盤の稿で触れたように甲板を作っていたのだが、ジョインター(手押鉋盤)の刃にほんの少し刃こぼれがあり、矧ぎ口の木端面の精度が芳しくなかった。
こういう時には、手鉋の長台鉋にご登場いただき、さっと一鉋(ひとかんな)掛けるのが常道。
木工のキホンを知っている人にはありふれた話しだが、木端面の鉋掛けは、それ用の削台で行う。平らにおいて、鉋を木端に直角に立て、引く。
しかし甲板ともなればそうもいかず、作業台(Workbench)に垂直に固定して、カネがくずれないように両手でしっかり長台鉋を操作して、掛ける。
(うちではスカンジナビアンタイプのWorkbenchで簡便に固定しているのだが、そのような固定システムのない作業台の方々は、こうした長い距離の木端面を削るにはどのように対応させているのだろうか)
ところで矧ぎ口を取る削り作業に、何故普通の平鉋ではいけないのかと言うことだが、台裏の調整からして良い削りができる機構を持っていないからだ。
2点設置の平鉋で削れば、無限に中央部が削り込まれ、凹んでいくばかり。
3点設置の長鉋台では、それなりの規制が効くので安心して掛けることができる。
さてところで、画像の3台のうち、小さな方はどうするのだろうか。
これはボクのようにあまり大きくもない手でも片手で持ち任意にコントロールできる程のボリューム。(刃口はいわゆる寸4)
例えばあえて作業台に固定しなくとも可能な範囲の木端を削るときであるとか、あるいは抽出の側板の木端を削る際に、この小さな方の長台(ボクは中長台と呼称している)で、削台の助けを借りながら削ると快適に作業ができる。
昨年末、削りを見せて欲しいという若い木工家が訪ねてきたときに、大きな1枚板の甲板を削っているところをみてもらった時のこと、(こちら
当然にも基準面も、厚み決めも機械で削ることは叶わず、全て手作業で行ったのだったが、長台鉋が大きな働きをしてくれた。
基準面が出ていないような状態の板を平滑に削るには、通常の削りのような平鉋では叶うはずもないからね。
この熱心な若者もそれを見て、長台鉋の有用性に気付いてくれたようで、長台の購入に前向きになって帰って行った。
そして先日、燕の「平出商店」が来訪するというので、うちでは商売にならないが、○△(その若者の工房)に行けば長台を買ってくれるよ、との連絡をしたのだったが、恐らく今頃喜々として仕込みの最中ではないのだろうか。
こうして、まだまだ、いやいかに機械の導入が進んでいくとしても、木工の世界から手鉋の有用性が減じていくことはないのだろう。

超仕上鉋盤との格闘

超仕上げ鉋1まだこの歳でわずかに20数年の経歴というべきか、職人としてははすっぱな者でしかないかもしれないけれど、しかし20数年もやっていればルーティンワークということではなく、おおよそ仕事の進捗は予測が付き、いわば淡々と、力むこと無く、進めていくことができるものだ。
ただ例外は少なくない。
今日は予想外なところでつまづいてしまった。
甲板の矧ぎ作業の途上、プレナーで厚み決めし、その後ジョインターで矧ぎ口を取る。
(矧いだあと、うちのプレナーの最大幅600mmを越えないものであれば、片面のムラ取りをするだけで、この段階ではプレナーを通さずに矧ぎ作業に入り、乾燥後にプレナーを通し > 超仕上げ鉋)
今回は座卓・甲板の矧ぎなので厚み決めをしてしまってからの矧ぎ作業だ。
ただ、矧いだ後の鉋掛け作業の合理化をはかるために、プレナー作業の後に「超仕上鉋盤」で一通り鉋掛けをしておくのが通例。
ところが今日は全く好い鉋屑が吐き出されてこない。
刃を取り替えて、刃の出の再調整を試みるも改善の兆し無し。

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Blogエントリのインターバル

昨年末に宣明しちゃったことだが、このBlogエントリのインターバルを緩やかにしていきたいということで、ご覧のように隔日ほどの状態を推移しているが、今後もこのような自堕落エントリでいこうと思っている。
まだ正月明けて間もないということもあるが、この自堕落エントリのおかげで念願の読書に費やす時間の配分もできるようになり、精神的な開放感というようなもので包まれ、とても良い感じだ。
昨年のような日々更新というスタンスは、誰にも強制されているわけでもないのにやや強迫観念のようなもので責め立てられていたというようなこともあったのだろうか。
人生80年として、どれだけの読書ができ、どれだけの知を獲得できるかは、その人の自覚と知覚、あるいはリテラシーに依るところが大きいのだろうが、やはり絶対的な時間的余裕というものがない限り望むべくもない。
ま、しかしこのBlogエントリの新しい更新スタイルはボク自身の才能の制約によるところが大きいのであって、才気あふれる人は業務もバリバリとこなし、有意なBlog運営もバリバリとやりこなすこともさほど困難なことではないだろうから、言ってしまえばこんなことなどは極めて個人的な事情である。

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ガザを想え

大きな地図で見る
パレスチナのガザとはどういうところか。
東地中海に面し、東西10キロ、南北40キロの細長い東京23区の6割くらいの広さの海岸地域だが、ここに140万人ほどのパレスチナ難民が居住する。(Googleローカルの破線の部分)
1948年のシオニズムを背景としたイスラエル建国は第一次中東戦争を引き起こしたが、その後ユダヤ人入植者たちに土地・家屋・財産を没収され、追われたパレスチナ難民によりガザ地域は膨れあがった。
その後の恒常的なイスラエルによる抑圧はガザ地域全域を収容所の如くに封じ込めるものとなっていった。
(詳細はパレスチナ情報センター、資料集へ
英BBCによるガザ地域の解説 )
(同じくAFP BB Newsからの解説図解
この貼り付けたGoogleマップを拡大して行っても残念ながらパレスチナ住民達の暮らしの臭い、生命の息吹が伝わってくるものではないが、想像力を働かせることで、彼らの悲劇的な状況、怒りと苦しみに少しでも接近できればと願う。
しかしどうしてこうも世界とは非対称なものなのだろうか。

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ウェッジウッドの経営破綻に思う

この報道には興味深く受け取った人も少なくないことだろう。
世界的な陶磁器ブランドの名門、ウェッジウッドが経営破綻したとの報道(1月5日)のことだが、奇しくも今年は英国陶工の父といわれる創始者ジョサイア・ウェッジウッド(Josiah Wedgwood)が最初の工場を開設した1759年から数えて250年を迎える年なのだそうだ。
現在はアイルランドの「ウォーターフォード・ウェッジウッド」という親会社の傘下に入っているのだが、5日、この親会社が事実上の経営破綻をしてしまった。
(1986年、ロンドン・インターナショナル・グループによる敵対的買収があり、これに対抗するためにアイルランドのクリスタルガラスメーカーであるウォーターフォード・クリスタル社をホワイトナイトとし選択して合併していた)
世界同時不況による、ある種、象徴的な企業倒産として悲劇的な印象を持つ。
1929年の世界恐慌でも持ちこたえた名門ウェッジウッドでさえも経営破綻するほどに、今次の景気減速はすさまじい荒波だという印象を強くする。

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仕事始めの朝

久々に作業服に着替えて工房に籠もる。
冷え込む夜気で冷たくなった機械定盤に触れるのも何日ぶりのことか。
さっそく昨年来の懸案であったいくつかの家具制作準備に入るが、やはり仕事ができる環境があり、どっぷりと浸かれるということはありがたいことだ。
「もの作り」における充実感というものは、ただそれだけで単純に与えられる所与の自己実現であり、達成感である。
無論この実業に勤しむことができるのは、それを可能にさせる様々な環境があってはじめてなし得ることであるが、時として勘違いをしてそれらの環境の整備を怠ってしまい、その実業の品質を疎かにしてしまうこともあるだろう。
正月休みはこの環境の整備の1つでもある、事務机周りを徹底して整理することに専念した。
恐らくは数年ぶりのこと。
資源回収に回すもの、焼却処分するもの、それら廃棄処分する文書、資料などは山のようにつみ上げられた。
整理とは廃棄、というのはやはり原則であるようだ。

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年越し展示会「大門 嚴 展」

北の丸
お正月三が日、飲んだくれのオヤジが一方にいれば、年越しで遠方からの仕事・展覧会をしている人がいた。
旭川の木工家、大門 嚴さん。
恒例となっているヤマハリゾートホテル・葛城北の丸での 《北国生まれの木の家具達「大門 嚴 展」》
昨1月2日に友人などと伴って表敬訪問。
今回も近作中心に「大門 嚴 World」を十分堪能させていただく内容とボリュームの展覧会だった。
広々としたホテルファサードから正面をめざすと、いち早くホテルマンらに迎えられる。
豪壮な構えの正面入り口を通り、フロントへと上がれば、華やかな着物姿の演者による箏の演奏が繰りひろげられている。
新春の調べなどTV画像からのものでしかなかった者からすれば、別世界のような空間。
客室に向かう廊下に出ると、タイトルが大書された大きな木の看板が迎えてくれる。
そのまま2階に上がればそこが展示会場。
今回は「国際家具デザインコンペティション旭川2008」の入選作が手前右側にまずドンと鎮座していた。「Kerf Bend Chair」
「国際家具デザインコンペティション旭川2008」の入賞入選作は首都圏数カ所で巡回したので既にご覧になった方も多いことと思われるが、ボクは忙しくて上京できずにいて、Webサイトでのチェックしかできていなかったので初見だ。

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ほろ酔い気分で‥‥

富士

新年 明けましておめでとうございます

本年もどうぞよろしくお願いします。
2009年の元旦、皆さまも身を清め、心に期するところを秘め迎えたことでしょう。
今朝は2009年の社会経済を占うにふさわしいものと願いたくなるような雲一つなく晴れ渡る好天だった。
お屠蘇を頂き、おせち料理に箸を付けた後、このお天気に誘われるままに家の近くの大井川沿いの土手に立ち、寒さに凍えながら東にカメラを向けた。(大井川を挟んで望む富士 09年元旦 08:00)
同時に霊峰富士に向かい、今年1年、元気にいきましょう、と柄にもなくつぶやく。
撮影後コンビニに立ち寄り買い求めた四大紙新年号をざっと概観。
毎年元旦恒例の個人的イベントとしているものだが、新年号ほど各紙の編集指針が表れるものは無い。
視座はそれぞれ大きく異なるものの、共通して基調にあるのは2009年は動乱と変化の年となるだろうと言うこと。
経済界優良企業による広告の出稿も興味があり見比べる。
世界規模での経済不況の大波をまともに受けているところであるわけだが、それを感じさせない脳天気なものもあったりするが、多くは環境対応に積極的に挑むというものが基調になっているのは当然か。
ハイブリッドカーを安く作れ。
と、スヌーピーをあしらい、緑色で最大のフォントサイズを使った1面広告を出してきたのがホンダ自動車。
シンプルで強いコピーが、黒と緑の2色(企業ロゴは赤)を使ったインパクトのあるデザインと共に目を引いた。
次いでは、CANONの
「ありがとう」とミツバチは言った。
 「こちらこそ」と花も言った。

というコピーだが、環境対応と成長戦略は同居できるとの祈るような願いが込めらた内容となっている。
トヨタは
走り出せば
その先にきっと
うれしい未来がある。
HYBRID SYNERGY DRIVE

プリウスの新型車を投入するようだね。他社に較べやや余裕のあるコピーだが、いずれの企業も一方で派遣切りの先頭を切っている企業らであり、大企業というものの社会的責任というものについてどう考えているのかは、これらからは読み取れない。
インテリア、家具関連企業の出稿はあまり目にとまらなかったな。当たり前か。
住宅産業からのものはあったけどね。
なお各紙が主催する芸術関連の企画についてもそれぞれチェックし、カレンダー(iCal)に書き込む。
まだ出揃ってはいないが、興味があるのは
・1月24日〜の「Arts&Clafts ウィリアム・モリスから民芸まで」
・「ウィーン世紀末展」(9/12〜)
・「オルセー美術館展・パリのアール・ヌーヴォー」(9/12〜)
などか。
今年も良い美術、工藝に触れ、良い音楽に浸り、良い映画に耽溺できればサイコーなのだがね。
また良いものに触れることができれば、記事にもしてきたいと思う。
視点としては、良い芸術文化には、それを産み出す歴史的、社会的背景、あるいは作者の世界観というものが必ずあり、これを丸ごと触れたい、感染したいという思いが大切。
したがってボクは評論家のような冷静で客観的な分析などできないよね。
あくまでもそれを丸ごと獲得したいとの欲望の方が強いからね。
昨深夜からほとんどほろ酔い気分でこれまで過ごしてきて、この下書も MacからTV、NHK教育の「ウィーン・フィル ニューイヤー・コンサート2009」を楽しみながらのタイプで読者には迷惑な文体と内容であったかも知れない。
春は曙、ほろ酔い気分が丁度よろしいようで‥‥。

夜は更けて(2008年を終えるにあたり)

はじめに
年越しを迎えようという日であるにもかかわらず、何やら朝から慌ただしく時間を費やしてしまったが、せめてもと思い、夕食後はデスクに向かいこのBlogの更新やら、読書で過ごすことができた。
朝からバタバタしたのは、事務机周りの書籍、雑誌、資料の整理をはじめてしまったせい。
柄にもなく、というところだが、普段散らかしっぱなしの状態が慢性化しているので、重い腰を上げてこの機会に、というところだ。
整理作業の最大のポイントは、如何にスリムにするか、ということに尽きるように思う。
雑誌のバックナンバーは不要なものはまとめて資源ゴミに出し、アーカイブとして残す必要のあるものはまとめてダンボールに仕舞い込む。
書籍、資料も同様だが、整理していてあらためて思わされたのは、ここ10年ほどの購入書籍の傾向はコンピューター周りのものが多いと言うことだ。
人文書の方はこれに反して減少傾向が著しい。
これは業務上、あるいは私的活動上でのIT対応でもあるので仕方ない側面が強いとはいうものの、やはり知的活動の停滞を示すものとして反省多とせねばいけない。
これはこうした読書傾向に留まらず、2009年への課題を考えたとき、生活周りをできるだけシンプルに、スリムに、研ぎ澄ませていきたいということに敷衍させるべきものでもある。

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