工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

CLARO(クラロ)って何さ

CLARO1
画像はウォールナットの亜種、CLARO WALNUTという樹種を用いた甲板の部分。
いわばCLAROのCLAROたる所以が表れている。
ご覧のように上下の細胞組織が分断されているのが確認できると思う。
また上のその部分から大きく絞り込まれているのも判るだろう。
理由を明かせば、これは接ぎ木された痕跡だ。
CLAROという樹種の由来を明示的に示している。
ちょっと不鮮明だったかな。
では次に下の画像はどうだろうか。
上は木表の方だが、下は木裏。
この板はかなり髄心(Pith center)に近い部分だが、それだけにこちらは接ぎ木した痕跡が明瞭。節のような黒く欠落した部分があるが、まさにここが接ぎ木の場所だ。(画像下、右下の影は送り寄せ蟻部分)
この丸太には無かったが、他のCLARO原木ではこの部分に太い釘が使われていて、刃物を大きく欠損させてしまうという失敗を数度やらかした。
上部は明らかに細胞組織が異なることが見て取れると思うが、異なる樹種を接ぎ木したことによる。
その結果、下の台木の方には上の接ぎ木された樹の細胞がアマルガムに混入し、変異させられ、一般のブラックウォールナットには決してみることのできない独特の色調をもたらす。
チョコレート色から赤紫色、そして黒から緑色へと、その色調は一様ではなく、それそれが縞状に絡む。
また木理もより複雑になり、縮杢、バール杢などが醸されることが良くある。
この丸太にも見事なバール杢、縮杢が出てきた。

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God is a concept

1980.12.08

初結氷の日

今朝はこの冬初めての結氷。今年は例年より寒いなと感じていたのだが、さにあらず例年よりも6日遅い初氷だとか。
雲ひとつ無い澄み切った空の向こうにはたっぷりと雪を被った冬富士が美しかった。
(以下、つまらん個人的な周辺雑記なので読み飛ばしてほしい)
午前は地域の防災訓練でAEDの取り扱い、三角巾の活用法など学習。
公民館の床に座り込んでのもので、数週間前の長時間にわたる和室での会議後、座る姿勢の問題が原因での腰痛(ぎっくり腰の再発)に苦しんだばかりだったので、再々発を怖れた。
失礼ながら頭にのっけていたヘルメットをお尻の下に置き、これに腰掛けることで事なきを得た。
昨今の心肺蘇生術では、患者からの感染防護という観点が重視されていることを思い知らされる。(マウス to マウスの問題)
専用の器具なども販売されているようだった。
午後は設計見積もり、図面書きなどで過ごす。
合間に書棚から加藤周一のものを取り出し、拾い読みの再読。
セブンアンドワイのサイトからも同氏のものをあらたに数冊ポチッ。
絶版になっているものもあるが、訃報を知りボクと同じように買い漁る者も多いかも知れず、在庫切れもあり得るので急ぐ。
石山修武、ウイリアム・リムなどとの共著で「アジア建築の現在―水辺文化とポストモダン」というものがあるようだが、セブンアンドワイでは取り扱いがない。
仕方がないからamazon.comからか。
セブンアンドワイのシステムは、宅配ではなく、近くのセブンイレブンまで届けるというものだ。
個別宅配などという過剰サービス(運送コスト、流通と環境の問題)から少しでも脱したいとの思いからだが、取り扱い数はamazonにはかなわない。
本当はMacですべてを済まそうというものぐさから脱して、地域の書店店頭に出掛けて発注すべきなんだが。
ドラフターに向かい、書に向かい、その間iTunesからはグールドでベートーヴェンのピアノソナタなどを流す。心をリセットしてくれる格好の音楽。
最近やたらと「癒しの音楽 云々」などと様々なところで「癒し」が乱発される傾向が続いているが、それだけストレスの多い社会なんだなと思わされるとともに、過度な「癒し」ブームにはいささかながら腐したくもなってくる。
ところで加藤周一の好む音楽はどういうものだったのだろうか。
やはりパリでの生活も長かったようだから、フランスロマン派あたりになるのか。
でも根拠があるわけではないがバルバラとかエディット・ピアフあたりのシャンソンにはまっていたりしたかもしれない。
何故かその方が彼には似合う。

加藤周一氏の訃報に接し

今朝起き抜けに加藤周一さんの訃報を知った。
膝から崩れ落ちるショックだった。巨星墜つ、という感じだ。
「多臓器不全」という病名を付されているが、89にもなる高齢であれば、老死(自然死)と言うべなのだろう。ただしかしそれだけで悲しみをグイと飲み込めるほど客体化できはしない。
毎月、定期的に朝日新聞に『夕陽妄語』(せきようもうご)というエッセーを書いてくれていて、それもこの7月が最後になってしまっていたので体調悪化を懸念していたのだったが、まさかの訃報には何とも無念としか言いようがない。
心からのご冥福をお祈りしたい。

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木取りと勝手について(続)

アントニン・レイモンド事務所についての企画展示が都内であったのは果たしていつのことでどこでのことだったろうか。10年以上も昔のことだったと思うが良く覚えていない。それは小規模の展示ではあったものの、大いに楽しめ、触発を受けたことは確かだった。
旧レイモンド事務所では構造材の勝手を日本の在来構法とは逆に元を棟の方に末を下に使うように指示を出して棟梁と喧嘩になったという話しがあったという。
結局レイモンド氏の部屋は指示通りにされ、所員の設計室は元を下にして建ったのだという。
確かに丸太の柱であれば緊結部が抜け落ちにくい元末逆の方が合理性があるとも言えるだろう。
一方日本の建築では古来より木材とは生きているときの自然の姿をそのまま取り込む、つまり元がしたで末が上という配置を不文律としてきた。
こうした日本人の古層にある感性というものは、合理性というものを尊ぶ近代主義とは相容れないものではあれ、決して無視することのできない事柄の1つである。
この1点においては日本人の棟梁の方がレイモンド氏よりもより文化的な素養が豊かだったと言えるかも知れない。
してみれば昨日エントリ記事において、逆木にしてしまったことは、いわば不文律を破ってしまったということになるのだが、ま、それだけ文化的素養が無い奴だ、と言われてしまっても仕方がないか。
でも、その部分の経年変化で畳ズリが機能を果たせず、不安定なものになってしまうことは目に見えているので仕方がない。
大事なことはいかに制作者がこうしたことを自覚して、最適な木取りをし、組み合わせるのか、ということになるのだろう。
少し話は変わるが、留めで枠を作るとき、未熟な職人は剣先側(外側)を隙間なく密着させようと心を砕き、反対側(内部)の密着度をおろそかにするものだが、その手法はいずれ留めを切ってしまうことになることはある程度の経験者は知っているものだ。
留めの構造上、内部の経年変化での痩せの方が大きく影響し、しかも2枚の部材ではその隙間は倍加する。
ことほど左様に木の性質をよく知り、適切に配置すると言うことは難しいものだ。
あるいはまた一件不合理に見えたとしても、実は木の文化においては数千年の昔から伝えられてきていることを踏襲することの方が正しい場合もあるだろうし、それらは日本人の感性として深層心理に結びついていたりするから、これまたやっかいな話しとなってくる。

木取りと勝手の迷い

含水率
画像は先のエントリ、CLAROの座卓の柱の部材。
在庫する中で最大の厚板が欲しくて倉庫に走り持ち込んだものから木取ったが、105mmの厚板ならではの気になる乾燥状態。
これも原木製材から乾燥まで独自に管理していたもので、ウォールナット本来の材色を損なわないために人工乾燥はしていない。
桟積みで長年じっくり天然乾燥させた。
結果7〜8年経過したものであるためか、水分計を当てるとその含水率の数値はちゃんと18%台を示していて安堵する(100mmを越える厚板で、自然乾燥ではこのあたりが限界)。
この伊太利亜製の高周波による水分計は50〜60mmの深さまで測定できるという仕様なので、まず信頼して良いだろう。
今日の問題はしたがってこれではなく、隣の長い畳みズリの部材の勝手の問題だ。
追い柾から板目に掛けての木取りになっているが、通常であれば柾目(辺材側)を上に、板目を下に、というところだが、今回はあえて逆にした。
これは経年変化での反張を配慮してのもの。
つまり板目を下にすれば、中央から外側に向けて上に反ろうとするだろうから、これは畳ズリの勝手としては具合が悪い。
逆でなければいけない。外側が下向きに反ってくれないと安定しないだろう。
そうはいうものの、やはり見た目の違和感は拭いがたく、少し悩んだ。
短いものであれば反りを無視できる範囲に地ズリ部分を削ぎ取れば良いが、1.5mともなればそうもいかない。
ここはしたがって機能優先での決断となった。
(こんなところにも“決断”というものは必要となるものだね)

銑は使っていますか

銑
これ銑(せん)という刃物だね。知っているよね。
手前が新潟三条の刃物屋のもの。後ろが米国から個人輸入のもの。さらに後ろのものはちょうな、だね。
いずれも今加工している甲板のナチュラルエッジ(耳付き)の仕上げでは欠かせない刃物だ。
あまり普段使わないので、フィーリングを掴むまでちょっとタイムラグがあるけれど、すぐに手に馴染む。
シュッ、シュッと小気味よくはつるというのも、別次元の時空のようでいてなかなか楽しい。
ここでもやはり刃物は日本の工具鋼に限るね、とその秀逸さを再確認する。
切れ味が全く異なるからね。
ところで今こうしてタイプしていると、いやに肩が張る感じだ。
今日は天板削りでがんばりすぎたみたい。
若い木工家のSくんから「鉋掛けを見せて欲しい」という願い立てがあって、今朝早くから立ち会っていたのだが、恐らくはそいのせいなのか、年齢も省みずぐぁんばり過ぎちゃったようだ。
2m×1mを越える一枚板を手鉋で仕上げるというのは、決して容易い仕事では無い。
平滑面の精度判断力、繊維の並び方向の判断力、そして台鉋の練熟。
あるいはこうし仕事に身を投ずる意識の有り様。
そうしたものに支えられてはじめて平滑で逆目1つ無いすばらしい板面が獲得できる。
Sくんは初々しく、少しものめずらしそうに見ていたが、どこまで理解してくれたのかは判らない。
自身で同じような削りにチャレンジしてはじめて答えがでるのだろう。
ボクはあまり他人に仕事をしているところを晒すことを由とはしない。
上のように平常心を損なうことは間違いないだろうからだ。
例え請われたとしても、良い指導員にはなれないだろう。
自意識が強すぎるのか、あるいは恐らくはメンタル面における強靱さに欠けるところがあるからだろう。
一方基本的にはオープン・マインドであるし、手業などの領域ではいくらBlogで語ったとしても真の理解には達し得ないことの限界と空しさを知る立場なので、請われればあえて断るものでもないだろうと思うよね。
しかし対象の選択権は渡さない。つまりちゃんと理解し、活用できるだろうという展望がなけりゃダメだね。
それほど浮っついたものではないということ。
もう1つ言っておきたい。訓練校でも専門学校でも、もう少し実践的な鉋の仕込み、削り方をしっかりと教えてから社会に送り出して欲しい。
銑2

外作業は楽しからずや(鉋は使っていますか?)

削りa
今朝は柔らかい冬の日射しが降り注ぎ、工房の外で仕事をしてしまった。
少し離れたところにある倉庫からトラックで運び込んだ材料を削っているのだが、さすがにこんな外で削る作業をするなんてことは初めてのこと。
3mを越えるような長尺ものを木取る場合、このように外に丸鋸を持ち出して切り分けるなどということはあるが、鉋仕事を外でとは、我ながら笑えてくる。
先のエントリ「冬の光」で触れたことだが、冬の工房内は光が弱く細胞レベルでの切削状況の判断が難しいということもあるが、何のことはない、この材料あまりに重量がありすぎ、中に運び込むのがめんどくさいのでトラック脇で削り始めちゃったという単純な理由。
でも今日は風もなくとても穏やかで外作業は快適。
厚いGジャンはたちまち邪魔になり、ネルの作業シャツも脱ぎ捨て、最後は二の腕をモロ出しTシャツ1枚。
削っている板はCLAROウォールナットの大きな一枚板。
2mを越える長さと、1mを越える幅を持ち、厚みも75mm.。

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職業訓練校へのいざない(お知らせ)

木工をきちんと学びたい人、そうですそこのあなたですね。
良い方法を教えましょう。
勇気を持って技術専門校の門を叩きなさい。
そうすれば未来への扉が開かれることでしょう。
全国には木工のカリキュラムを持ついくつかの技術専門校がありますが、イチオシは「長野県、伊那技術専門校」です。
理由は後段に少し詳しく話しますが、まずは資料をダウンロードして応募しましょう。(募集要項
2009年度の応募はまだ間に合います。

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鮭と菜花のスパゲティーを

スパゲティー
昨日は恒例の週末買い出しに
地元農家の野菜コーナーにはなぜか季節外れの菜花が。 ワォ、と小さな歓声を上げてバスケットに放り込む。
となれば、相方は生鮭だね。
さっそく帰宅して調理したのが画像のクリーム仕立てのスパゲティー。
名付けて
「スパゲティー・アッラ・春よこい ! 鮭よ俎上してこい ! 」(なんちゃって)
【食材】4人前
・生鮭 2切れ
・菜花 1束
・スパゲティー 350g(適量)
・ホワイトソース
  小麦粉、バター、牛乳
・にんにく、鷹の爪
【調理】

  • 生鮭は皮を取り、塩コショウ、ワインふりふりの下ごしらえ→小麦粉をまぶしておく。好きな人は皮も別に取り置き、カリカリに炒めて入れちゃおう
  • 菜花は湯に塩して固ゆで(茎部分1分、葉の部分15秒)
  • ホワイトソース
     鍋にバターを適量入れ細火で溶かし、そこにバターと同量の小麦粉を入れ、焦げないように注意しながら溶かし込む。
     火から下ろし同量の牛乳を入れ、だまにならないように良くかき混ぜ、さらに牛乳で伸ばしてゆく。さらに繰り返す。(生クリームがある人はそれを使ってね)
  • スパゲティーを茹でる(茹で湯にはしっかり塩を入れて、あくまでアルデンテだよ)
  • フライパンにオリーブオイル適量。鷹の爪と潰したにんにく1片を入れ弱火に掛け、エキスを抽出。(鷹の爪、にんにくは取り出す)
     そこに下味を付け、4等分に切り分けた鮭の切り身を入れコロがしながら周りに膜を付ける(この段階では内部まで火は通さない)
     それをオイルごとホワイトソースの中に入れ、とろ火で少し煮込む。(その後のソースの堅さは、スパのゆで汁で調整するんだよ)
  • スパゲティーが茹で上がったら湯を切り、お皿に載せ、まとめた菜花をトッピングし、そこに温めておいた鮭入りホワイトソースを掛ける。
  • 極上ワインとともに「頂〜きまーす」

ボクは濃いめの味付けが好みなので、ホワイトソースにもアンチョビを炒め溶かして入れたりするけど邪道だろうね。
菜花はまだ難しいだろうから、ほうれん草に替えても良いね。(固ゆでだよ)
画像の麺は実は小豆島から送られてきた、オリーブが練り込まれたものなんだ。色が淡いグリーンで美しいね。
(オリーブと言えば、以前訪れた朝倉彫塑館の屋上に老木があったけど、元気にしているかな、そうそう葛西水族館の周囲にも栽培されていたっけ ← ひとりごと)
表記されたゆで時間を守った積もりだけれど、少し柔らかくなりすぎた。
これはいけないね。あくまでもスパゲティーはアルデンテだね。
菜花だけれど、実は独特のえぐみが感じられなかった。露地物ではないのだろうね(この時季だから当然か)ザンネン。
脱力エントリ記事で今月も終わりです。
明日からは師走。自動車メーカーはじめ非正規雇用の派遣労働者などは数千人規模での解雇など大変厳しい師走となりそうです。
私たちを取り巻く環境の厳しさも例外ではありませんね。せめて風邪など召さぬよう、ご自愛ください。
11月も当Blogご愛読いただきありがとうございました。