工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

墨付けの定規

うちで使っている「墨付け」関連の道具の一部を紹介する。
「墨付け」とは、木工の加工において初期の段階での重要なプロセスに当たる。
木工加工とは一般に所定の寸法に機械切削されたパーツに「ホゾ穴を穿つ」、「ホゾを付ける」、「欠き取る」、「溝を掘る」、「穴を開ける」などといった加工を施し、これらを接合、嵌め合わせ、目的とする造形物を形作る一連の工程なのだが、こうした加工をするための印しを付けることを「墨付け」(あるいは「墨かけ」)と呼称する(こんな説明で良いのかな?)。
したがってとても大切な工程だ。ここで誤ると、正しく接合できないなどのトラブルを起こす。
そうした「墨付け」をするためにいくつかの種類の定規がある。ここで紹介するのはそれらの代表的なものになる。


square
【スコヤ】
まず最初は直角を出すための道具で、最も使用頻度が高いものがこの「スコヤ」(英語表記squareの日本的呼称)。
墨付けの他に、直角を検査するために用いるのはもちろんだ。
大小様々だが、多くはアルミ製のものである。
上から、

  • 極小サイズ:これは木端、木口などに墨付けする時に用いる(特に「天秤差し」などには必須)
  • やや小さいサイズのスコヤ:これは真鍮、ハードウッドで出来たものだ。(Bridge city tools works製)なかなか工芸品的美しさがあるが、やや重たいので普段はあまり使用されないな)
  • 下から2番目を除き、後は一般のアルミ製のもの。
  • 下から2番目:これは鋼製で、精度が高いので「My基準」のものとして大切に保管してある。

購入するときのポイントだが、市販のものはその精度への信頼が不安なもの。必ず複数を出してもらい、定盤の上で確認することが肝要。(2つのスコヤを妻手を下にして定盤の上で長手を相対させ接触させ、その接合度でかなりの精度が確認できる(複数行うこと)。
因みにBridge city tools works のものは精度検査表が添付されていたね。
また直定規の選定の時にも同様に複数本で確認しなければいけない。
(事実、1mを越えるもので精度に信頼が置けるものは決して多くはないというのが実態)
自由定規
【自由定規】(「斜角定規」、とも呼称するようだ)
右から…

  • Veritas 製(Sliding Bevel Marks)(参考
  • シンワ製(但し何故か米国内のみの販売)
  • Brigh city tools
  • 日本製
  • 基本的な機能、精度などは変わるものではないが、位置固定の機構は様々。
    日本で一般的に制作されているものは左の2本のような回転支点にボルトがあり、これを手回しナットにて固定させるものだろう。
    中央のシンワのものは小口に回転機構が付いているというもので、上述のものと異なり、支点からナットが飛び出していないのでこれが邪魔することがないというメリットがある。
    右のVeritas 製のものが愛用品。
    これは画像ではちょっと見づらいが、支点回転部が竿の中に収まり、かつそこからレバーが伸び、通常はこのレバーの上げ下げだけで締める、緩む、の動きをさせているもおだ。もちろんこのレバーも竿の中に収まるという配慮がされている。
    道具というものはこうでなければいけない。
    今回のエントリーも実はこの自由定規を紹介したいから、ということにつきる。
    なお椅子の製作には至る所で角度の処理が伴ってくるので、この自由定規は複数本持っていることが望ましい。
    一つのほぞを付ける加工においても見付、見込み、それぞれ角度が異なることも多いので最低でも2本の自由定規が必要。
    留め定規
    【その他】
    右から…

  • 留型定規(Brigh city tools 製)(止型、などと表記されることも多いようだが、ここはあくまでも留、でいこう)
  • ダボテール用テンプレート
     日本ではあまり一般的ではないが、このようなものもある。
  • いわゆる毛引き(米国製)
     毛引きは日本のものがサイコー。これは木口に刃が付いていて(鎌毛引きのように)、しかも小さいので使い道はある。
     (毛引きについては次回にでもあらためて紹介したい)
  • さて、ここでは紹介しなかったが、白書き、などといったものも含め、墨付けの道具は他にもいろいろあるだろう。
    プロの職人から初心者に伝えることがあるとすれば、良い道具を使いなさい、ということは当たり前として…、
    1点、意外なことかもしれないけれど、
    機械加工が基本の現在の木工現場では、無意味な墨付けはする必要はない、ということ。
    象徴的な事で言えば、ある部品の木端の中央にホゾ穴を開ける場合、長手方向の墨付けは必須。しかし幅方向の墨付けは無用。ボクたちは一般に幅方向などは複数本の加工がある場合でも墨付けなどせずに最初の1本には、片手に持った部品にもう片方の鉛筆で左右から毛引きのように手を固定しつつ墨付けする(アバウトでよい)。おおざっぱな中央がわかれば良し、とする。
    何故かと言えば、例え正確に墨付けしても、そこに正しくホゾ穴を開ける刃が打ち込まれるとは限らないからだ。
    (手ノミの時はこの墨がとても有効。板面に毛引きで付いた溝がガイドになり正しく穿つことができるのだが、機械の刃はそうしたことにはかまわず打ち込まれてしまう)
    概ね、この当たりだろうと仮に開け、次にこの部品を前後ひっくり返して同じように開けてみる。それそれの誤差がかならず出るだろうから、この差異を限りなく無くすように設定しなおせば良いのであって、墨付けで穴あけの精度が出せるものではないのだ。
    同様にほぞのオスも胴付きの墨付け以外は無用(鉛筆で十分)。
    穴と同じ考えなので、繰り返しの記述は無用だろう。
    もう1点、大切なことを。
    ホゾ穴とほぞの加工についてだが、ある修行中の若者がオスのホゾ加工の時に厚みの確認を一生懸命にほぞ穴に合わせて加工していたことがあった。
    一見現物合わせという奴で、ほめてやりたいところだが、これは間違いだ。
    木という素材に角のみなどで開けたホゾ穴は残念ながら穴ごとにビミョウに精度が異なるものだ。如何に熟練した職人でもこれは避けがたい。
    したがって現物に合わせるなどと言うことは、それぞれ1:1で相対するものであれば有効かもしれないが、複数の同じ規格のものを加工することの多い家具製作などではこれは現実的ではない。
    従って、どうするかというと、数値をしっかりと出しなさい、ということになる。
    11mmのホゾ穴にはぴったり11mm幅のオスを作り、15mmのホゾ穴には15mmぴったしのほぞを作りなさいということになる。薄くてもいけないし、厚くてもいけない(ここではあくまでも広葉樹の堅木を対象としている)。
    このためにはノギスは必携だ。
    つまり木工と言えども、あくまでもプロダクト、工業製品のそれとして、精度を追求しよう、ということだ。
    冒頭記述したように墨付けはとても重要だが、無意味な墨付けは罪で、それに取られる時間は機械加工の精度を出すことに当てなさい、ということになるだろう。
    精度の高い加工は、その後の仕上げ、組み立て、めち払い、などの工程は実に快適に進むこと請け合いだ。当然、組み挙がったものの精度は高く、抽斗も、扉もスムースに建て付けられるだろう。

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    • う〜ん、う〜ん、すごいです。
      これだけたくさんの墨付け用の定規を使われていることと、ひとつひとつの道具に対する追求の深さに驚きました。
      ブログを読まさせていただく度に、自分の浅さを恥かしく感じています。
      「無意味な墨付けは罪」という言葉には考えさせられるものがありました。
      つい「手作り」という甘美な言葉の自己満足に陥りがちな自分を反省です。
      画像で定規が置いてあるバックはクラロウォールナットでしょうか?
      綺麗な木目ですね。

    • itsuki さん いつもご愛読感謝いたします。あなたのコメントが支えです(笑)。
      長年1つのことをやっていますと、これに関わるスキルは自ずから備わるものです。
      ただ愚直に打ち込むということが条件ではありますでしょうが、これはしかし木工家としての資質のワンノブゼムにしか過ぎないでしょう。

    • 自由定規を探しております。
      blog写真中で一番小さい日本製との物ですが、これと同等品を探しており、私の住む市内のホームセンターや道具屋に調べてもらいましたが中々見つかりません。
      製作会社、販売先等の情報が分かればご教授頂ければ大変助かります。

    • 宮岡さん、はじめまして。(でしたよね)
      この小さな自由定規ですか?
      決して特殊なものではなく、近隣の大工道具屋で見つけたものです。
      「東京 特製」という印刻がされていますね。
      こうしたジャンルではもっとも一般的なブランドのはず。
      然るべく、道具屋に確認すれば入手できると思います。
      使用上の注意点ですが、あまりに小さいので角度設定に留意したいことがあります。
      まず大きな自由定規に目的とする角度設定して、これにこの小さな方を合わせるというステップですね。

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