工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

秋田杉による快楽

このところ、それぞれかなりのボリュームを有する複数個所の納入を控え、慌ただしく準備に追われている。
既にいずれも塗師屋、あるいは張り屋へ託してしまっているので、これらの仕上がりを待つばかりであるのだが、1つだけ制作途上のものがあった。
板戸である。秋田杉一枚板の建具。
うちは家具屋であり、建具は範疇外ではあるのだが、これまでも建築内部の建具、あるいは玄関ドアなども制作してきた。
経済が好調の頃などは、贅を尽くした玄関ドアも作ってきた。
いかに贅をこらしたとはいえ、当時のトップメーカーのY社のものと比較しても、よほど良いものを作っても半値ほどで納入してきたから喜ばれたものだ。
今回は杉を用いた内部の端正な舞良戸。格式のある茶室の茶道口に建てる戸である。
一般には茶室の茶道口、給仕口に使われる建具の多くは奉書紙張りの太鼓襖を用いるのであるが、施主のたっての要望で板戸ということになった。


ただ場所が場所だけに安易なものを作るわけにはいかない。
客人をもてなす亭主の趣味から、品格までが問われる場所であれば、それにふさわしいものでなければならない。
当然ながらも茶室であれば華美であってはならず、侘びた造りの中に気品を感じさせるものでありたい。
このような仕事の場合、材を探すというのが、まず最初に越えねばならないハードルである。
うちは広葉樹に関しては様々な材種を取りそろえているとはいえ、針葉樹は得意ではない。
しかも瀟洒な建具材となれば、選木も大変だね。
まず秋田杉の3×6尺の一枚板を銘木市で落札してもらい、次に框材を同じ秋田杉で探すのだが、これも柾目の建具専用に製材されたものを探し出してくる。
いずれもいつも世話になっている材木屋が快く受けてくれ、思いの外良質なものが入手できた。
あらためてこれらの材を扱ってみると、その色調、木目などに独特の気品を感じ取ることができ、さすがに古来より日本を代表する材として尊ばれてきたという理由というものが頷ける。
この杉の通直性というものは、春材、晩材の強いコントラストにより浮かび上がるのだが、これは日本の四季の豊かさというものを見事に顕したものとして言ってよいものだろう。
日本を代表する、という冠は、このような日本固有の自然環境をも暗に表したものとして考えてみたい。
戸板の方は既に片側が“うずくり”されている。
春材、晩材のコントラストがより強調される、杉板目特有の見せ方だね。
ワイヤブラシで機械的に加工したものと思われるが、これをあらためて専用のササラを用い手作業で綺麗にするつもりだ。
加工上、難易度が高いのは、舞良桟を板戸にわずか1.5分ほどの深さの蟻桟で納める加工だ。
片方(茶室側)は一枚板だけを見せ、もう片方(廊下側)はこの板戸の反り防止を兼ねた舞良桟で納める。
一般にはただの大入れで納め、表から丸頭の釘などで押さえたりするのだが、場所が場所だけに釘は使いたくない。したがって蟻桟となってしまう。
高価な一枚板の秋田杉で失敗は許されないし、難易度も高い。
当然にもこれはリスキーであるのだが、逆説的に言うならばこれは木工職人としては快楽を意味するということを忘れてはいけないのだろうね。
長年1つのことをやっていると怖さというものへの感受性が鈍ってくるのだろうか。
リスキーなものを快楽へと転ずる楽しみの方に傾斜してしまうのは‥‥、やはり罪なことなのかも知れないな。

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