工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

バーナード・リーチと民藝

リーチ展会場
ボクは松本民藝の木工所の門を叩くところから木工という道を歩み出したのだが、しかし必ずしも民藝という世界への憧憬があったわけでもなく、その歴史的背景であるとか、工芸のなかでの位置づけなどへの深い認識があったわけでもなかった。
さらに言えば、敗戦直後のいわゆる団塊の世代として生を受け、この世代に広く共有されている戦後民主主義の落とし子として近代主義をストレートに信奉し、いわば封建遺制を忌むものとした価値観に染まってきた者のハシクレとして近代合理主義の中にこそ未来があると信じてきたし、当然にも“民藝”の中から自分自身の未来など語れるはずもないとさえ思っていたものだった。
事実、ボクが松本民藝家具の木工所の門を叩いた80年代半ばという時期は、既に“民芸ブーム”なるものは潮が引くように昔語りのようになっていたし、期待していた職人どおしの“ギルド的紐帯”などはそこには見る影もなかった。
あるのは生産性の追求に汲々とする親方の厳しさであり、職人世界の殺伐とした関係だけだった。
その後バブル経済の狂奔はこうした地方にも大きな時代の波として襲いかかり、いくつかの木工所は木工なんかやっていられない、とばかりに閉鎖していったし、独立後一時世話になった民藝家具店の社長からは「作り手はただ黙って仕事していれば良いんだ !」「民藝とは無名の職人によるものだから、あれこれ言ってもらっては困る」などと、“民藝の精神”なるものを振りかざし作り手のこだわりや思いなどは一方的に封じ込まれてしまうと言う理解を超える関係性を求められ、ただ唖然とすることさえ屡々だった。


確かにこうして自身が経験してきた“民藝”に纏わるコンテクストは“民藝”本来の理想と高い精神性からは遠くかけ離れたものに堕してしまっていたとは言え、ボクは決して否定的に捉えようとは思えないというのが現在の心境だ。
これにはいくつかの理由があるが、この日記形式のBlogで語れるものでもないので数点リストするだけに留めおく。
・近代主義というものへの懐疑(01/09/11 WTC以降の世界)
・アーツ&クラフツ運動への憧憬
・もの造りという世界が与えてくれる人間生活の豊かさと快楽
・例え機械エイジであったとしても手業の痕跡に救いを求める
こうして決して幸福な出逢いではなく、いわば愛憎半ばする“民藝”との関係ではあったが昨日上京したおりに立ち寄った汐留のミュージアムで展開されていた「バーナード・リーチ」の陶芸を中心とする仕事の全貌は“民藝運動”草創期の健康的でおおらかな豊かさをあらためて認識させてくれるものとして、ボクの“民藝”への思いへの揺らぎを正し、多くのことを考えさせてくれる企画だった。
鉄絵壺展示品のほとんど全ては日本民芸館(駒場)所蔵のものであるようだがあらためてバーナード・リーチ展として再構成されることで、その仕事の全貌の叙述に従い、バーナード・リーチその人の思想遍歴と創作活動の推移を見ることになる。
英国人として香港に生を受け、いくつもの経緯の後に来日。その後は白樺派、特に柳宗悦との交流の中から陶芸の世界へと大きくシフトしていく。
その後イギリス帰国後の築窯と陶芸活動も、イギリス古窯の研究と民藝運動の中で培った審美眼から民衆芸術としての陶芸を高く評価する姿勢は一貫していたし、自身も近代的なそれではあるが「協同組合」的な制作スタイルを標榜するなど、現在的にも多くの示唆的な志向を持ち続け、日本にはもちろんであるが欧米における工藝にとても大きな影響を与えた。
作風とその制作スタイルは大きく異なるものの、かつて何度か取り上げてきた「ルーシー・リー」などとの交流も深く英国の近代陶芸の祖として位置づけられている。
家具への造詣も深いことは、松本民藝の草創期の頃、ウィンザーチェアのデザイン指導に松本に何度か訪れていることにも示されている。
会場にも松本民藝家具の協力ということで、椅子を中心としていくつかの家具が展示されている。
さて“民藝”の草創期に中心人物の一人として大きな足跡を残したバーナード・リーチだが、現代の工芸界に立ち現れたとするならばどのような警句を漏らすのか聞いてみたい。「時代が違うだろう」との反駁も当然可能だろうが、自分たちが見失いつつある原初的なもの作りへの姿勢はリーチの業績とテキストからあらためて見なすことも可能と言うことだけは間違ってはいないと言えるだろう。
会期は残すところ1週間。
*バーナード・リーチ ─ 生活をつくる眼と手 ─
・会期:09/01〜11/25
・会場:松下電工汐留ミュージアム
画像上:展示会場正面(汐留松下ミュージアム)
画像下:鉄絵壺 1923 径17cm(『民藝』06/10号よりいただきました)
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