工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

駿河湾、5月の海の美しさと、放射能漏洩への懸念

昨日は好天に恵まれ海に出た。
この辺りでは昔から良く知られた海水浴場、静波。
夏ともなれば関東圏、中部圏域から多くのカッパ達で賑わう。

静波は海水浴場ではあるが、オフシーズンといえば、もっぱらサーフィンの良いポイントだ。
昨日は大会が開かれ、うちのHくんもエントリーしているというので、カメラを担いで出掛けたというわけだ。

ただ昨日は、ちょっと気分が違った。
海への誘い(いざない)が作用するハイな気分だけではない。ここから海岸沿いを南に走ること15Km地点。そこにあるのが中部電力・浜岡原子力発電所である。

5月6日、菅総理が中部電力に対し全原子炉の運転停止を海江田経産大臣を通じて要請。これに対し中部電力は5月9日「現在運転中の4号機、5号機を停止する決定」。

そして13日、4号機を停止。
続いて翌14日、5号機を停止。

こうした、いわばハピーなニュースが流れる中の翌15日のサーフィン大会だったというわけだ。
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ちょこっとハイスツール、やや高Version

Hi Stool 2type

Hi Stool 2type

家具の寸法バランス、というものはなかなか微妙だね。

家具制作に携わって間もない頃の話になるが、和家具設計に関わり、指物職人にアドバイスをもらったことがあった。
いくつかのポイントの中で印象的だった話しの1つが寸法とバランス。

寸法、つまり見付け、見込み、その厚みを含む寸法。
それに寸法バランスのことだね。

精緻な作りではあるのだが、なぜか収まりが悪い、視覚的に落ち着きがない、といったことも起きる。
つまり、部位寸法と、それらで構成されるバランスが視覚的に快く無い、ということだね。

帆立の見付けの厚みが8分、棚板は6分、棚板の間は7寸〜8寸、台輪は1.8寸‥‥なんてね。

こうしたことは人間生活の諸空間において、知らず知らずのうちに意識下において美しいと感じ取る基準のようなものが備わっていて、そこで対象物を前にするとき、そうした深層から呼び出された美意識をはかりとして、参照し、美醜の判断を下すというわけだ。

うちのスツールの定番「ちょこっとハイスツール」だが、今回、かなり高い座のものを受注し、制作した。
ご覧の画像、手前が標準的な高さのハイスツール。奥が今回拵えたスーパー(?)ハイスツール。
脚部の高さを違えただけで、座は同一のもの。
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東日本大震災・災害ボランティア活動日録(余録)

災害ボランティア活動日録を終えて

これまで10回にわたり、石巻での緊急災害ボランティア活動・日録を綴ってきた。
3.11から2ヶ月も経過した頃にやっと終えるという、実にのろまな更新だった。

記述してきた日録だが、これらはいずれも現地の状況を総覧するものではあり得ず、ボクたちが辿ってきた、点、あるいは線としての極私的で断片的な記録でしかない。

また数枚の画像も添付してきたが、壊滅的という表現に何のためらいもない、この世のものとも思えぬ過酷な状況というものは、数葉の写真で伝えきれているわけでもない。
むしろ、その程度だったの、との受容のされかたの方こそ怖れる。
探せば他にもいくらでもネタ的な被写体もあっただろうが、残念ながら取材が主たる目的でもなく、ボランティア活動への往復の途上などで車上から捉えた断片でしかない。

しかし1枚の写真よりも、一編の優れたルポよりも、この目で捉えた被災地の生々しい現況ほど真に迫り来るものはなかった。
メディアが伝えるものは、やはりいつも媒介としての限界があり、自らの足で、自らの目で、あるいは自らヘドロに触れることでしか近接できないこともある。

とりわけ、被災者の壮絶な体験、極限的な哀しみと苦悩、これらは被災地に降り立ち、彼らに接してはじめて見えてくる。
数10万人の被災者、ひとり一人が体験した物語、抱え込んでしまった物語というものは、やはり個別具体的であり、例えば泥搔き作業を共有しなければ、その一端に触れることもできないというのも事実なのだ。

ボランティアに対しては偽善であるとか、自己満足であるとか、様々な視座からの評価があり得て良いと思う。とりあえずはあえて抗弁すまいと思う。

しかし、以下のことははっきりとさせておこう。
被災地が被った受難、一人ひとりにとっては全く瑕疵の覚えなど無い、この我らが生きる星、地球の震えによって一瞬のうちに生命を奪われ、あるいは紙一重で救われた人であっても、その後の人生設計に大きな困難を抱えてしまうという壮絶な受難。
これらは個としての受難であるにとどまらず、その地域的広域性からして、さらにはいつ終息を迎えるとも全く予測の付かない、まさに無限的で大規模な共同体総体への受難であることが明らか。
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可もなく不可もなく(チェリーの製材)

もっと早くやっておくべきだったが、いくつかの理由で、梅雨間近のこんな時期になってしまった。

さほどの太さのものではなかったが、ストーンとした素直な樹形でもあったので、勧められるままに買ってしまった。
3本のチェリー材の製材。

割って、積んで、乾かす、これらは梅雨入り前に終わらせるのはもちろんのこと、初期段階の天然乾燥を済ませておくことが必須の要件になってくる。
5月初旬であればぎりぎりのところか。

昨日はフィリピンで9名の犠牲者を出しつつ北上してきている台風1号の余波を受けて荒れた陽気になるとの予報。
ここ静岡では真夏日を超えようという、全国1の記録的気温上昇であったようだ。

粉塵対策を考慮してのフード付きの作業着も、厚手の軍手も、蒸れて邪魔くさい。
静岡市内では34度まで上がったというので驚く。

しかし懸念された雨はさほどではなく、朝1番での製材作業はほとんど影響も受けずに済ますことができた。

結果は可もなく不可もなく、といったところか。(まるで自分の人生みたいだって?)
1本を柾目で割り、残り2本をまるっぴき。
うち1本は、内部に隠れていた大きな節の欠陥があり慌てさせたものの、まずまず良い製材だった。
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東日本大震災・災害ボランティア活動日録(10)

被災地・災害復興支援活動

3月27日(地震発生から16日経過)天気:曇り

出発から6日目、早くも撤収の日の朝を迎える。
破断したテントの骨の仮修復も何とか持ちこたえてくれたようで、良い睡眠が取れた。

現地での最後の食事となる、この日の朝食。
残った食材をふんだんに(?)使い、しっかりと腹に収める。

野営の撤収。
石巻専修大学の敷地(グラウンド)をお借りしての野営であったので、煮炊きも含めローインパクトを心がけた積もりだったが、ゴミも残さず全て持ち帰る。

山形から参加してくれたSさんとはここでお別れとなる。
決して長い日程ではなかったが、過酷な状況の中での過酷なボランティア活動を共に挑んだことの意味は決して少なくはない。

お互いの帰路の無事を願いつつ出発。
石巻専修大学の施設を去るにあたっては、様々な思いが交錯し、複雑なものがあった。
もちろん所期の活動をやり終えたという一定の充実感はあるのだが、しかしそれらはほんのちっぽけな支援活動でしかなかったわけで、後ろ髪を引かれながら、数日間の活動で世話になった被災者、ボランティア活動の統括的なサポートをいただいたセンターの方々らとのやりとりを反芻しつ、また大震災と大津波に大きく姿を変えられた石巻という土地への愛着を惜しみ、そうした諸々への万感の思いを引きヅリながら、一足早く立ち去る。
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嬉しい小さな顧客からの礼状

顧客からのメッセージ



子どものための‥‥、もとい、少年のための家具を制作するということの意味を、彼らの礼状から知った。

小学1年生からのワンフレーズのメッセージは、ちゃんと制作者のボクの元へ届いたよ。

北の都ではまだ少し楽しめる桜の押し花をあしらった、心のこもった礼状。

しょせん調度品の“売買”でしか無いとしても、作り手と使い手が結びあう関係性。
そうしたスタイル、手から手へ、心から心へと繋がることの喜びと高揚感は、小さな心の中で了解され、育まれていくことの意味は少なくないと思う。

納品設置を終え、もてなされた地元食材の数々、自家栽培で持ち込まれた和洋様々なハーブによる、素材の滋味を活かした料理の数々、ごちそうさまでした。

炊き込みご飯の具であった焼きウニだが、果たして来シーズンは入手することの叶わないものになってしまったかもしれないね。
三陸からの海の恵みの多くが、一時的とは言え、断絶されるということはとても悔しく、残念なこと。


盛岡は桜の季節を越え、

パタゴニアへの旅ではないけれど、今日はちょっと遠く、東北盛岡への旅路。





予報では雨に遣られるところで、確かに白石あたりでは田植え前の代掻き作業で耕耘機を忙しく操作する人を濡らしているのが車窓から眺められたが、仙台を過ぎた辺りから晴れ間も広がり、何とか終日持ちこたえてくれたようで助かった。

助かったというのは、ただの観光での雨男であればともかくも、納品での搬入作業とあらば、少なからぬ影響を受けてしまうことから。

いくつかの家具を納品設置させていただく旅だが、年初より取り掛かるというかなりのボリュームだったこともあり、こうして終えたことの安堵もまた深いものがある。

当初、3月下旬の納品スケジュールだったのが、この大震災を受け、被災地でもある地域に在住する顧客の要望もあり、この時期になってしまった。

この盛岡市内の顧客の新しい住宅は、幸いにして無傷であったので予定通りに進めることもできなくはなかったのだが、状況が状況だけに、少し落ち着いてからにしたいという要望を受けてのものとなった。
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東日本大震災・災害ボランティア活動日録(9)

被災地・災害復興支援活動

3月26日(地震発生から15日経過)天気:雪のち雨

ブルルッと震えながら目覚めたのは5時過ぎくらいか。
テント幕を通しての周囲がいやに明るい。



テントのジッパーを外して外を見やると、一面の銀世界。
寒いわけだ。
静岡では桜も開花もしているというのに、この地では真冬の気候が続く。
避難所の人々はちゃんと暖を取れているのだろうか、などと思いを馳せるが、まずは自分たちもストーブを焚いて暖まらねばならないが、この朝にロケットストーブは石巻ボラセンに託すことになっているので、使えない。

コールマンストーブでの煮炊き兼用で腹から暖めることに。
その前にテントの雪を払い、タープの雪を下ろす。

静岡から農家が託してくれた採れたてのレタスでサラダを拵え、α米を暖め、ラーメンスープで口に押し込む。
暫し、ボランティア登録手続き開始までの時間、寒え込む空の下ではあるがコーヒーを啜りながら、周囲の他のボランティアで駆けつけた方々と交流を図る。

食後、これまで同様にボラセンでの登録手続き。
日に日にボランティアの人数も増加している様子。
多くは学生のようだが、駐車している車両を見れば、かなり遠方から駆けつけた様子も伺える。

それぞれ、「東北大震災 ○▽緊急支援部隊」などと大書された幕などが雪まみれ、泥まみれでの車体に貼り付けてある。

我々も「災害ボランティア エスペランサ 木工隊」としたマグネットステッカーを貼り付けてきたのは大正解だった。
決して高速料金が安くなったり、GSでの優先扱いなどがあったわけではないが、被災地での運行にあたり、我々の運行目的を明示することで、周囲に分かってもらうのは必須のツールだった。
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《180°SOUTH》を楽しむ

GWですが、皆さんは良い旅をしていますか?

“どこか知らない遠くへ行ってみたい‥‥”というのは、人間の根源的な欲望の1つかもしれない。

未知の土地への旅は発見と感動をもたらし、人を豊かに鍛えてくれる。

数多くはないものの、ボクもこれまでいくつかの旅をしてきたが、南米の果て、パタゴニアに行ってみたいと思わされる映画がこの《180°SOUTH/ワンエイティ・サウス》

patagonia〉の創業者イヴォン・シュイナードと〈THE NORTH FACE〉の創業者ダグ・トンプキンス、二人の運命を変えた伝説の旅の映画。
もちろんただのロードムービーなどではなく、自然の厳しさを前にしてのチャレンジングな旅と、この体験を元にした二人のその後の人生を追体験するものとなっている。

〔STORY〕
1968年のある日、友人のダグ・トンプキンスが南米パタゴニアの山に登らないかとイヴォンを誘った。
2週間後、サーフボードや登山道具、旅を記録するための16ミリのカメラを中古のヴァンに載せ、2人は南米を目指して旅立った。
‥‥‥‥
それから40年近くの時が流れ、ジェフ・ジョンソンというアメリカの青年が、パタゴニア行きの旅に出ようとしていた。
彼はイヴォンとダグによる旅の記録映像を偶然見て衝撃を受け、自分も彼らの旅を追体験しようと考えたのだ。
‥‥‥‥
メキシコを出発してから124日目。ついにパタゴニアへ到着。
イヴォンが彼らを迎えてくれた。
天候がよくなるのを待ちながら、パタゴニアの高峰コルコバド山登頂を目指す。
‥‥‥‥(公式Webサイトから引用)

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東日本大震災・災害ボランティア活動日録(8)

被災地・災害復興支援活動

3月25日(地震発生から14日経過)天気:曇りのち雨

ボランティア活動のその日の登録を前に、早朝から石巻市街沿岸部を眺望できる「日和山公園」に5名全員で向かう。

石巻に入って3日目に入るが、市街地の惨状というものは走行の度に新たな衝撃と哀しみを誘う。

石巻市沿岸部(石巻市民病院) 石巻沿岸部(日和山より)

日和山公園はJR石巻駅から南に1Km余りの位置の住宅地として造成されつくした小高い丘陵地の一角にある「鹿島御児神社」の境内を公園として整備されたところ。

石巻ボラセンのスタッフから聞いてはいたのだが、ここから海に向かっての地域は、旧北上川を挟み、東西の地域、および中瀬と呼ぶのか、いわゆる中州のすべてと言って良いほどに壊滅的な惨状を呈していることを目の当たりにする。

石巻の地形に関する沿革などは不明なるも、恐らくは埋め立て地として開発されてきた地域のそのほとんどがやられてしまっている。
湾岸に近い位置に立地する石巻市立病院の白いビルだけがポツンと残っていることに、むしろ強い違和感を覚えるほど。
焦土と化す、という表現があるが、煙こそ出てはいないものの、まさに絨毯爆撃攻撃を受けた後のような惨状である。

アポカリプスの世界とは、果たしてこのようなものか、と思わされるほどに‥‥。
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