バーナード・リーチと民藝

ボクは松本民藝の木工所の門を叩くところから木工という道を歩み出したのだが、しかし必ずしも民藝という世界への憧憬があったわけでもなく、その歴史的背景であるとか、工芸のなかでの位置づけなどへの深い認識があったわけでもなかった。
さらに言えば、敗戦直後のいわゆる団塊の世代として生を受け、この世代に広く共有されている戦後民主主義の落とし子として近代主義をストレートに信奉し、いわば封建遺制を忌むものとした価値観に染まってきた者のハシクレとして近代合理主義の中にこそ未来があると信じてきたし、当然にも“民藝”の中から自分自身の未来など語れるはずもないとさえ思っていたものだった。
事実、ボクが松本民藝家具の木工所の門を叩いた80年代半ばという時期は、既に“民芸ブーム”なるものは潮が引くように昔語りのようになっていたし、期待していた職人どおしの“ギルド的紐帯”などはそこには見る影もなかった。
あるのは生産性の追求に汲々とする親方の厳しさであり、職人世界の殺伐とした関係だけだった。
その後バブル経済の狂奔はこうした地方にも大きな時代の波として襲いかかり、いくつかの木工所は木工なんかやっていられない、とばかりに閉鎖していったし、独立後一時世話になった民藝家具店の社長からは「作り手はただ黙って仕事していれば良いんだ !」「民藝とは無名の職人によるものだから、あれこれ言ってもらっては困る」などと、“民藝の精神”なるものを振りかざし作り手のこだわりや思いなどは一方的に封じ込まれてしまうと言う理解を超える関係性を求められ、ただ唖然とすることさえ屡々だった。







木工家具のデザイナー & 職人のartisanです。
