工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

“FineWoodworking”とは(コメントへの回答)

“FineWoodworking”という語彙に関し、数日前にコメントが入りました。(こちら
回答にはいくつかの問題が関係することから、このコメント欄への回答ではなく、ここに新たに記事を上げることにしました。

aikoさんからの問いは次のようなもの。

Finewoodworkingというキーワードを探していてたどり着きました。
本題とはズレるのですが、欧米におけるFineWoodWorkingとは、無垢の家具造りを指すのでしょうか?
ランバーや合板で作る家具に対し、無垢の家具にFineWoodWorkingという文字が当てられてるようにも思うのですが、この雑誌が検索で引っ掛かってしまい確証を得ません。
もしご存知でしたら教えて下さいm(_ _)m


aikoさんがどのようなバックグラウンドを持ち、どのような問題意識で調べられているのかは分かりませんので、ごく一般的な了解の範囲でお答えします。

家具の材種について触れられているところから専門領域の方のようでもありますので、私からの答えに既知のことも含まれてしまうかとも思いますがそこはお許しください。

先に結論めいたものをぶっちゃけ言ってしまえば以下のようです。

aikoさんの問い「ランバーや合板で作る家具に対し、無垢の家具にFineWoodWorkingという文字が当てられてる」という考え方は、半分は正しく、しかしそれだけではないことがある、ということになります。
以下、少しく解説を試みたいと思います。

“Finewoodworking”という用語について

“FineWoodworking”は“Fine”という副詞(優れた…、クールな…、精緻な…、といったような意味)を有する木工、ということになりますので、あえて日本の木工の語彙に置き換えれば、“指物”ということになります。

“指物”の定義も一様では無いでしょうが、とりあえず押さえておきたい用語になります。

その了解からすれば、aikoさんのお考えの通り、“Finewoodworking”とは、“指物”の一般的な考え方に即し、「無垢の家具造り」と言っても、とりあえずは間違いでは無いでしょう。

ただ、欧米における“FineWoodworking”の意味内容には、少しニュアンスが異なるものがあります。

aikoさんの関心対象である素材について言えば、“FineWoodworking”とは無垢の家具に留まらず、「ランバーや合板で作る家具」なども対象に含まれると考えた方がより適切ということになります。

少しややこしい問答になってしまいますが…、
ここで言う“Fine”とは素材の品質のみを問うものではなく、人類が数千年にわたって蓄積してきた木工のテクノロジーのエッセンスが投下されたもの、造形的にも優れたもの、丁寧な加工法が取られている、といった家具制作に関わる様々な要素の総合的な品質を指すものとお考えください。

したがって、例え「ランバーや合板」が用いられているとは申せ、その特徴を活かした設計がなされ、総体として“Fine”なものであれば“FineWoodworking”という用語を冠しても十分に受け容れられるでしょう。

日本の家具市場と、優れた品質の家具、あるいは「手作り家具」

日本では「無垢の家具造り」が品質の重要な要素であることはaikoさんのお考えのように一般的な了解事項になっているかと思います。

これは家具が大衆消費財として市場から求められるという時代背景にあって、必然的に「ランバーや合板で作る家具」で普及させざるを得ず、中には安かろう、悪かろう、といった品質というものも、消費財としての家具づくりの工業化による必然的な所産でした。

しかし一方、欧米では古来からベニヤリング(合板)を素材とした、優れた木工、“FineWoodworking”が遺されてきたのも事実です。

『DER MOBEL BAU』より(ドイツのランバーコア材による高品質な家具)

ようするに、「ランバーや合板で作る家具」にも、粗製濫造ではなく、優れた指物的な加工方法を取り入れた精緻な木工、“FineWoodworking”もあるのです。

ここでは余り詳しくは書きませんが、杢の部位の単板を製造し、これを美的鑑賞に用いるべく、家具の要所要所に取り入れ、“Fine”な家具に仕上げる、ということは古来から行われてきている木工の伝統的手法の1つでもあります。

あるいは、無垢材の特徴である、伸縮、反張などといった、モノ作りにとってはネガティヴな要素である物理的特性を抑え込むために、このネガティヴな要素を排除した工業製品のランバーコア材などのフェイスに主材と同じ単板を練り(張り)、1つの家具を構成するといったことも欧米では一般的に行われてきたところで、それらの中にも“Fine”な家具は少なく無いものです。

他方、「無垢の家具造り」とは言っても、日曜大工的なただ無垢材を使ってますといったような、あるいは、「無垢材で温かみのある…云々」といった、品質とは無縁の、曖昧な感情に訴えるようなもので訴求するなど、いわば洗練さとはかけ離れた木工品も市場には氾濫しています。これらには決して“FineWoodworking”との尊称を与えられることは無いでしょう。

近年の日本国内における家具づくりの1つの特徴として「手作り家具」なる概念というのか、主張めいたものが氾濫していることは知っての通りです。
これは上述のような消費市場に氾濫する粗製濫造の家具への対抗軸を狙った1つの主張であると考えられます。

ここでは確かに「ランバーや合板で作る家具」ではない、無垢材を用いた家具づくりを基本にしているところが多いようです。

また「手作り家具」は加工のプロセスをプロダクト的な機械生産ではなく、手加工を指すようですが、木工専用の大型機械など何も無かった戦前のように、板を作るところから何丁もの種類の手鉋で削るという、まさに手作りを特徴とする木工では決して無く、加工プロセスの多くを専用の木工機械で行っているのが実態です。
手鉋を用いるのは、最後の面取りの工程だけだったりするところもあり、「手作り」が当たり前な戦前とは違い、ほとんど全てを機械に依存しながらも、「手作り家具」と自称しているところも少なく無いのです。

なお、少し考えて見ればお分かり頂けるでしょうが、他分野の工芸である陶芸や染織などに「手作り陶芸」「手作り染織」などといった概念など聴いた事はありませんね。

つまり「手作り家具」なる主張は木工の分野の特異な物言いであるわけですが、前述のように、無垢材を用いたものではあっても、それがただちにストレートに良質の家具(つまり“FineWoodworking”)ということを指すものではないことは言うまでもありません。

あくまでの個々の家具の品質を「総合的」「俯瞰的」?に評価されねばならないということになります

またこうした欧米と日本の「木の文化」のバックグラウンドの差異もあることから、そこでの考え方、評価はなかなか難しいものがあります。
品質の良否はともかくも、無垢材であれば有り難がられるという、日本の消費市場の歪んだ現状があることも事実なのです。

これらの評価は、最後は市場が決めることになりますので、制作者やデザイナーの制作理念とは異なる評価が下されることも不思議ではありませんが、それが市場からの評価というものですので、そこへ恨み節を吐いても仕方がないことです。

終わりに

さて、話しが長くなってしまいましたが、aikoさんの問い「ランバーや合板で作る家具に対し、無垢の家具にFineWoodWorkingという文字が当てられてる」という考え方は、半分は正しく、しかしそれだけではないことがある、ということをご理解頂ければありがたく思います。

“FineWoodworking”誌 最新号 No.287

なお、Taunton Pressのこの『FineWoodworking誌』は、1970年代の創刊で歴史もあり、ハイアマチュアからプロを対象とした優れた記事で構成された大変人気のある専門誌です。
ここには無垢材を対象としたものから「ランバーや合板で作る家具」も含む、優れた家具づくりに参照可能な記事を見出すことも容易です。

ただ、このコメント欄で交わされているように、日本と欧米の木工文化の差異もあることから、日本におられると思われるaikoさんが木工にアプローチするのであれば、『FineWoodworking誌』を横目で見ながらも、ぜひ日本の優れた木工に勤しむ現場へとアプローチされることをお薦めします。

aikoさん、お分かり頂けたでしょうか。
また不明な事があれば、なんなりと追加のコメントをください。
お返事が遅れましたことにはお詫びいたします。ありがとうございました。

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  • 記事にしていただきありがとうございます。
    Fineとはなんだか概念過ぎるなぁ、
    方言や専門用語でFineは木の特定の状態を表すものなのではないかと思っていたのですが、
    そのまま概念として理解してよかったのですね笑

    無垢でなくともFineなものはあり、無垢でもFineではないものもある。おっしゃる通りでございます。
    あえて大層な言い方をすると、クラフトマンシップに乗っ取り叡智を詰め込んで一生懸命美しく作ったものがFinewoodworkingですね。
    素材選定はすれど、素材如何で決まるものではない。
    やっと長年の疑問が氷解しました。
    ありがとうございます。

    • Finewoodworkingとは、
      「クラフトマンシップに乗っ取り叡智を詰め込んで一生懸命美しく作ったもの」と、一言で済ませば、むしろ簡潔平明で分かりやすかったかもしれませんね。

      ・・・「長年」って、そんなにも長く頭脳の片隅に巣くっていたのですか。そりゃ大変だったですね。

      ところで…、「木の特定の状態を表す」ということに即せば、木理が美しいとか、杢が絡むとか、そうした「特定の」素材の美質もまた、“指物”であったり、“Finewoodworking”を構成する重要な要素と言えるだろうことも確かでしょうね。

      良い機会ですので、ぜひaikoさんのお気に入りのFinewoodworkingをお披露目くださいな ^_-)

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