工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

「Der Moebelbau 」 職人と良書の出会い

ボクは木工という修練を必要とする職人の世界に飛び来んだことを悔いた事があります。
修行を初めてまだ2年目ぐらいでしたが、信頼のおける木工の先達に1つの質問を受けたのです。「君はどういうことをしていきたいの?」分けも分からずただひたすら木工の世界に没入していこうとするボクへ覚醒を促すものでした。
暫し沈黙の後、出た言葉は「職人として生きていきたいと考えている」ということでした。ボクにすれば至極真っ当な返答のつもりでしたが、言われてしまいました。
「そりゃ、無理だわ。君はいくつになったの?」
「はぁ… ?! 」
「よく考えてみなよ、職人なんてのは、中学、あるいは高校出るぐらいからスタートしなければ間に合う訳ないでしょう」
その頃はまさに中学を出てから職人として生きてきた一回り年上の親方の元で修行させていただいていたのですが、その親方の事を想起するだけで、その詰問の意味も十分に納得いくものなのでした。
今更ながらスタートした年齢を悔いても仕方ない事なので、ただそのときは必死に修行するしかない、とばかりに親方の技能、技法を獲得することに邁進していったのです。
そうしたときに出会った本がこれです。「Der Moebelbau.」木工に関わる広範な記述がされた文献です。
教科書のようなスタイルを採っていますが、技法の紹介はすばらしいものがあります。
残念ながらテキストはドイツ語です。しかし図版は豊富で、実に詳細にわたって仕口を紹介していますし、刊行も初版は1954年ですからややデザイン様式は旧いものですが、現在でも十分に使える良書と考えられます。


日本人の職人仕事を標榜する者が、どうしてこのような海外の文献を良書として評価するかの理由ですが、
■ 基本的な木工の技法は洋の東西を問わず変わるものではない。
■ これだけディテールが図版になって紹介されている文献はまれ。
■ 国内の文献はこうした海外の文献と較べあまりにもチープ。
  「木工」という文化をめぐる環境の差異(独国特有の堅実さもあるかな)
  国内のそれは、図版も貧困、時に間違いも少なくない。
といったことをあげる事ができるでしょう。
大変残念ですが、日本のamazonでは、在庫切れのようです。
独国のサイトでは注文できるようです。
ボクのところに来ても貸せません(笑)。以前よく書籍は若い木工志願者、木工家の卵に貸す事が一般的でしたが、管理の悪さで貸しっぱなし、返さない、紛失する、といったことが相次ぎ、大切な知的資産についてはお断りするようになりました。ゴメンナサイ。
遅れてきた青年としては、普段の親方の元での修行だけではとても追いつかないので、時間があれば文献を漁る事で、少しでも技法の修得をせねばならなかったのです。
結果、どうだったのか。やはり職人の道は厳しく半端ものでは到達できるものではないというのが実感です。
それだけに今でもなお職人の生き方に憧憬を抱いてしまいます。

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • ≪遅れてきた青年≫は、いまや
    トンネルを抜ける前、3年間いっしょに高校ですごした貴君が、トンネルを抜けた後、どういう道を経て、ここまで営々と木工房 悠を築き上げてこられたのか、つまびらかには知らない。だが、その原点が、ここにあったのか、と知りました。
    わたしの弟(4つ違い)の友人の大村君は、静岡の中学を出るとすぐに、豊橋へ筆職人として奉公に行き、いまや立派にひとり立ちして店を構えています。
    貴君は、トンネルをくぐった分、寄り道をしてしまったわけだけれど、それをも発奮の材料として活かしてきたところが只者ではない。みごとに、素材を活かし切りましたね。
    わたしなど、いまだになまくら者で、貴君の活躍ぶりをHPでこうして拝見していると、内心忸怩たるものがあります。
    人の一生の価値は、やはり、棺を覆うた後でなければ決まらないのだと思う。ただ、いえるのは、そのとき、その場で、その人のもてるすべてを出し切らない限り、その人の真価はけっして発揮されないだろう、ということ。
    その意味で、貴君は「輝いて」いる。これは、けっしてお世辞ではないし、ましてや厭味でもない。心底、そう思う。
    あのとき、「遅れてきた青年」と焦りを感じていたはずの貴君が、いまや「進んでいる壮年」になっていると知ったなら、おどろくだろうか。
    名前は実力の後からついてくる。さらに精進を。われわれ貴君の高校時代の仲間も、それぞれの道を歩んでいきます。
    追伸
    DER MOBEL BAU を、どういう経緯で知ったのか、そのへんの事情をもうすこし詳しく教えてもらえると、ありがたい。
    それと、「国内の文献はこうした海外の文献と較べあまりにもチープ」とあるのは、「あまりにもプア」のことですね?

  • いやぁ、穴があったら入りたい、とはこのことですね。
    誰のことを褒めそやしているかと思ったらボクのことですか?。
    あらたなステージへの飛躍へ向けて奮闘されているマーサーさんへささやかな刺激を与えたものであったとすれば望外な喜びです。
    しかし、ネット上での気ままなBlogへの過剰な思い入れも、少し実態を知っているマーサーさんにしては緩みすぎ?。
    「DER MOBELBAU」はアート、インテリア洋書専門店(今はなき東光堂書店)で見つけたものでしたね。あの頃(この世界に入って数年後)はこうしたものを見つけただけで高揚感で満ちあふれたものです。
    試験突破、朗報期待してますよ。

  • いまさら情報ですが、紀伊国屋BookWebだと向こうから取り寄せてくれるようです。(amazonより少し割高ですが…)
    http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/booksea.cgi?ISBN=3878706669&BN=OFF

  • KAKUさん 貴重な情報ありがとうございます。
    木工職人にとっては必携書籍の1冊です。
    また無くなる前にぜひ購入しましょう
    >amazonより少し割高ですが…
    いえいえ、今手元のものを確認しましたら(20年ほど前に購入した)ほぼ10,000円の値札が付いてます(東光堂)

  • これは非常に良さそうな本ですね!
    僕も書籍での「補習」の必要性は感じていたものの、実用性・具体性に欠ける内容のものばかりでなかなか満足できず、探していたところでした。

    ということで上でご紹介のあった、紀伊国屋BookWebで早速注文しました。
    円高のおかげか今はAmazon価格より安く、3000円ちょっとです。

    しかし、やはりこの本の翻訳版や、日本で同様の書籍がないのが残念ですね…
    ある本の中で「江戸の大工の間でも代々伝わるテキストが回し読みされていた」というようなことが書かれていましたが、いつからか受け継がれなくなってしまったようですね。

    • motorajiさん、忘れてしまっていたエントリへのコメント、ありがとうございます。

      木工に関わるテキストは洋の東西を問わず、様々に著されています。
      日本でも戦後の一時期は、良いテキストがたくさんあったようですし、また特殊「指物」の分野では、かなり専門的なテキストも実はあるのですが、そのほとんどは絶版です。

      これは何を意味するかと言いますと、
      戦後間もない頃までの木工は、とても先進的な産業として、これに従事する職人も数多くおり、社会的需要も多かったことを反映しており、現代ではそうした需要が少なくなっていることの表れですね。

      出版されるものと言えば、もっぱらアマチュア向けの初歩的なものばかり、という現状があります。

      したがって、どうしても海外の書物に依らざるを得ないという現状があるのですね。

      ドイツには、この書の他にもいくつかの良書があります。
      彼の国に留学した人などに尋ねますと、良いアドバイスが得られるなずです。
      お知り合いのIkuruさんも、良い情報を持っているでしょうね。

      国内のアーカイブに関しましては、国会図書館が、良いでしょうし、
      また古老の木工家を訪ね歩くというのは、悪くない選択ですよ。
      (頂けるかも知れませんしね 笑)

You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.