キャリア職人って?
前回はキャリア職人の陥りやすい穴ぼこについて、恥を晒したのだったが、
キャリア家具職人が達者な腕を備えているということについて、少し考えてみた。
もちろん、腕利きの職人といっても様々なタイプがあり、それを根拠づけるバックボーンにも様々な要素があるだろう。
ある若い木工職人
以前、若い駆け出しの家具職人の仕事ぶりを見て感じたことを通し、ここでは家具制作の技法における熟練について考えてみる。
その彼の仕事はとても丁寧で、良い仕事をしているようだったが、そのことに話しが及ぶと、制作時間が掛かりすぎるせいか収益がさっぱりあがらないのだと言う。
確かにこれでは難しかろうと思った。
以下のような理由からだ。
- 習熟の練度の不足(仕事全体の流れ、無理、無駄が多い)
- 仕口の考え方における非合理性
1については経験の絶対的な不足があるためで、誰しもが同じ関門を乗り越え、抜け出ていくだろうから心配には及ばないとみた。
しかし、個人経営の場ではかなりの意欲的な取り組みが必須。
木工所における職人集団の場合
5〜10名ほどの中堅処の木工所であれば、親方の他、兄弟子もいるだろうから、オマエ、何やっとんじゃ、などと罵倒されながら、時には玄翁が飛んでくることがあるかもしれない環境に置かれることで、否が応にも鍛えられる。
喧嘩の仕方、酒の呑み方、女の口説き方など、どうでも良いことも多いだろうが、仕事については厳しく教えられる。
一方、同僚との競い合いがある。
職人の数だけ傾斜盤が与えられているワケでは無いので、空いたとみれば我先に機械に張り付き、その段階ですべきこと、可能なことを、段取りよく、スムースに事を運ばねばならない。
ノロノロ、おたおたしていたのでは、弾き飛ばされてしまうだろう。
徹底した合理性、無理無駄の無い仕事の運行を自らに課すということになる。
いかに合理的に、無理無駄なく機械を使い、適切な仕口をこしらえていくかは、その木工所で生き抜くための必須の要件となってくる。
そうしていつのまにかキャリアを積み、弟子を教える立場になっていき、木工と木工職人の振るまいと言ったことなどが伝承されていく。
対して、最初から独立独歩の狼は、どうしてもワザの伝承という側面において苦労するのは当然のこと。
一般に木工技法の基礎的学習の場である訓練校というところでも、良い教官に出遭うことで、良いスタートが切れると思うが、現場での適応、実践的技能、というところにおいて、そうした教育現場で教えられることは、様々な制約から限定的であることも知っておきたい。
つまり未熟な職人が独立経営するというのは、はじめから困難な環境に自らを置いてしまうということでもある。
様々な事情、あるいはスタイルからしてひとり親方を選択するというのであれば、そうしたハンディキャップに如何に自覚的であるかということが問われてくる。
闇の中を小さな懐中電灯1つで分け入り、出口を見出すような苦難を自らに課す、という側面がある。(無論、“汚れた”先輩職人の手ずから教えられるのを由とせず、ストイックに自らの思いのままに未来を切り拓く、という自立精神旺盛な姿勢というのも、それはそれとして尊重されるべきものと考えられるが、ここでは技法の習得という側面で考えているので誤解無きよう)
木工所では、多くの場合、未熟な職人にはあらかじめ設計図が与えられ、それに準じて加工を施していくので、勝手な寸法設定などにはならず、一定の設計水準で事が運ぶのに対し、未熟な一人親方では、そうした高度に練られた設計水準に触れる機会を持てず、独善的な傾向に陥りがちになるだろう。
少し寄り道をさせてもらうが‥‥、
訓練校でのカリキュラムにおいてはこれと同様の問題が潜む。
学校によっては基本的なことを教えた後は、好きなものを好きなように勝手に作らせるというところもあると聞くが、これでは構築的でスタンダードな木工に親しむことには繋がらない。
卒業後に迎え入れられる木工所の親方、職長を嘆かせるだけだろう。
これは余談だが、一人の未熟な木工家が関連書籍、あるいはインターネットなどで技法を学ぶのと、3月でも半年でも、キャリアの職人のところで鍛えられるのとでは、習熟の内容とスピードにおいて天地の開きがあると思う。
機械加工における仕口の考え
次に、仕口の考え方における非合理性について、少し具体的に見ていこう。
件の若い職人の仕事をみて思ったのは、丁寧な加工を施していて好ましく思ったのだが、仕口、あるいは部材の寸法設定などが多様に過ぎる、ということが目に付いた。
特にハコモノの場合、それが例え複雑な構成を有していたとしても、可能な限りに部材寸法の共有化を図ると言うことは重要な要素の1つ。
同時に、同じ事だが、ホゾや仕口の設計を、過度に多様に展開しないこと。
さらにもう少し詳しく言えば、厚み方向は可能なかぎり数種の厚みに統一化を図る。無闇やたらと部材によって厚みを替えないことだ。
既にお気づきのことと思うが、部材の厚みが同じであれば、ホゾ加工においてなど、1度の設定で流れるように仕事が捗るし、またそれだけ加工精度も高まる。
設定個所が多ければ多いほど、加工精度も甘くなり、結果、良い仕事には繋がらない。
またこれだけは言っておきたいと思うが、傾斜盤でもルータ−でも、1度寸法設定したものを解除した後、再び同じ設定に戻すというのは、まずできない相談だと考えるべき。
ボクの修行中、最も親方の逆鱗に触れたのはその点だった。
何度も何度も、別の加工を挟んでは、再設定するといった愚かなことをしていたわけだ。
未熟者、とはそうしたもの。
なお、これは単に生産合理性の側面だけを言っているわけではない。
無論、そこに大きな比重があることに変わりは無いが、過度に寸法設定が多様であると、その木工製品は決して美しくない。
一定の寸法設定により構成されたものに、統一感と、バランスがあるのだから。
キャリア職人と、そうではない職人の違いには、他にも多くのことがある。
機械の使い方1つとっても、かなり違うはず。
ここではこれ以上は語らないが、
1つだけ言っておけば、マルノコ傾斜盤をいかに自家薬籠中のものとして、使いこなすか、がキーポイント。
ホゾを付ける作業はもちろんだが、切り割く(傾斜カットを含め)、小穴を突く、段欠きする、相欠きを施す、面取りをする、つまりあらゆる木工加工におけるユニバーサルな加工機械として使いこなすこと。
他の機械は補助的なものでしかない。(木取りをするための手押し鉋盤、自動一面鉋盤、あるいは角ノミ盤を除く)
同様に加工機械の選択を適切なものとすること。
様々な加工において語ることが必要だろうが、これも1つだけ事例を挙げれば、
ホゾ加工は横切盤などではなく、丸鋸傾斜盤で行うこと。
理由は単純で、
- 様々な長さのある部材に、一定の決まったホゾを施すと言うことは多く、
そうした場合、フェンス側にホゾ端を持ってくることで、上述したように1度の設定で、様々な長さの、様々な矩形の部材へのホゾ加工が可能となる。 - 丸鋸傾斜盤のマイター定規(三日月定規)は軽快な動きが特徴なのに比し、横切り盤のそれ(移動定盤)はいかにも鈍重。
- 丸鋸傾斜盤はその駆体の大きさからして作業者との親和性が高く、自らの手の延長として使いこなせるものとなる。
以上、かなり個人的な経験に傾斜した記述の嫌いがあるとは自覚している。
しかしテクノロジーとは、感性や、思いつき、といった不定型なもので獲得されるものではない。
まずは、先人が積み上げてきてくれた技法の伝承を受け、これを自らのものとし、鍛え上げ、さらにそれぞれのひらめき、アイディアなどを更新させ、次の世代へと伝えていく。
そうした弛まぬ、連綿とした継続が、文化としての木工を豊かにしていく。

ユマニテ
2012-6-17(日) 15:56
<修行を積んでから独立する人が少なくなった。
嫌な事、つらい事を避けて、行き着く先は
皆、似たり寄ったり>
これは知り合いの陶芸家のある日のつぶやきですが、陶芸も木工も似てるんだな〜と思った次第です。
ぼくが日頃少なからず感じている事をartisanさんは文章にしてくれました。このブログのリンクをぼくのツイートで流しました。事後的ですがご了承ください。
artisan
2012-6-17(日) 17:56
ユマニテさん、どうも、拡散手続き、感謝であります ♪
あなたのところは、椅子がほとんどでしょうから、本件記事の内容は、そぐわないところもおありかと思います(キホンはさしてかわるものではないと思いますが‥‥)。
陶芸と木工では、また技法の伝承も異なってくるのではと思っています。
木工の場合、その技法はかなり構築的ですので、
より先人からの教えに接するのが望ましいと感じます。
コメントはユマニテさんからのものだけですが、
実は数通、ほぼ同様主旨のメールが入っています。
(Twitter、やった方が良いのかな? 拡散力は圧倒的のようですね。
同世代の信頼する識者の多くも始めているようですし)
‥‥ コメントありがとうございました。
ユマニテ
2012-6-18(月) 00:16
Twitter・・・あまりおすすめはしませんが・・・
artisanさんにはじっくり腰を据えた読み応えのあるブログで
活躍していただきたいなと。個人的には。
つぶやき始めると生活がわちゃわちゃします。
とは言えアカウント取得されたらフォローさせて頂きます。
artisan
2012-6-18(月) 07:20
>つぶやき始めると生活がわちゃわちゃ
ハハハ、なんとなく、分かりますね、その気分。
ま、でもいろんな発信スタイルもあるでしょうし。
むしろ問題は、新たな文体の獲得と、自制心、センスでしょうね。
そのあたりが、私には無理がある、との読みからの
的確で暖かいアドバイスです。
しばらくは“沈思黙木工”で‥‥‥、
do
2012-6-20(水) 20:09
こんばんは。
記事を拝見してタイヘン勉強になりました!
独学でイロイロつくっていてその都度
「プロはどうやっているのだろうな」と思っていた
部材寸法の統一化からの工程の効率化への
疑問点が理論的に説明されており、
最初から最後まで得心を得ました。
私が「ずっと知りたかった疑問の答え」そのものです。
完全に目からウロコです。
本当にありがとうございました。
artisan
2012-6-20(水) 23:29
doさん、少しでも参考になるところがあったとすれば
うれしいですね。
かならずしも体系的に記述したわけでもないので、
解りずらかったり、説明不足の感もあるでしょうね。
Blogという限定的な場での解説は様々な制約もありますが
今後も広く深く、目に停めていただけるようなエントリを心がけますので
どうぞよろしく !
do
2012-6-21(木) 03:48
おはようございます。
ご返信ありがとうございました。
覚えていらっしゃるかどうかわかりませんが、
以前にdominoの購入についてお伺いした者です。
前回はdominoと昇降盤の優先度について伺いましたけど、
結局設置スペースの問題からdominoの購入に至りました。。。
将来木工業界への転職を考えています。
私はいま36歳で、経験の観点からartisanさんの
おっしゃるとおり一刻も早く木工所に入って働きたいと
考えているところなのですが、今のところ各種の制約もあって
いろいろとアマチュアなりの勉強(加工技術・設計・
経営等)と貯蓄を頑張っているところです。
とても勉強になるBlogですので(木工以外についても)
欠かさず読んでおりますし、これからも読んで
いきたいと思っています。
恐れ入ります。
こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。