工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

「木」の大学講座 2015 「樹木と人間・動物のかかわり」〜ブナの時間・トチの時間〜(その2)

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(承前)

国内林業、木材産業におけるブナの不当な扱いと森の荒廃

講座2日目には、奥会津の志津倉山への登坂ルートに拡がる豊かなブナ林を見学することができましたが、ある一帯ではブナ、ブナ、ブナ、ブナと、樹齢100〜300年を越すようなものばかりが林立し、実に不思議な感覚に襲われたものです。

ブナ林(志津倉山 中腹)

ブナ林(志津倉山 中腹)


1mを越える太さのブナを見上げれば、茂ったブナの葉でほぼ天空は覆われ、そのせいか下草はせいぜいシダ類くらいに広々とし、周囲10mほどの距離を置きつつ、何本ものブナが屹立していて、まさに一帯がブナ林なのです。
そのブナはまるで人の手で計画的に植栽され、周囲も人の手で整備されたかのような清浄なる空間が拡がっているのです。

独特の色調と紋様の表皮を特徴とするブナの群落は、他を寄せ付けない神々しいまでの偉容を誇っているのでした。

これまで白神山地をはじめとし、多くのブナ林を踏破してきたと思われるカメラマン太田威さんも、愛おしいものに再会したかのような柔らかく微笑みつつ、カメラを構えるのでした。

こうした志津倉山中腹に拡がる高樹齢のブナですが、これだけのブナ帯が残存していることは残念ながら稀なのだそうです。

奥会津では、三島町から西に位置する只見町で、ブナが町おこしに盛んに使われているそうですが、このブナ帯ほどの密度も、質もないのだそうで、ここは知る人ぞ知る貴重な森林ということになるようです。

さて、このように今ではとても貴重なブナの原生林ですが、70年代頃までは、東北を中心とし、日本列島至るところに見られたものであり、その後の日本の急速な高度消費社会とともに、その姿を徐々に失っていったのです。

私たち木工屋はその片棒を担いできたということになるわけですが、他の国産広葉樹と較べてもブナへの評価は不当に軽く、それゆえに不当に安く買い叩かれ、消費市場へと消えていったのです。

この辺りの私たちにとっては苦々しいブナとの関係性を、様々な事例を参照させ解説してくれたのが、「木」の大学の提唱者であり、今回の講師でもある阿部蔵之氏です。

講座会場、サンプル材などの展示

講座会場、サンプル材などの展示




阿部蔵之氏は、ここ奥会津に幾度となく通い詰め、現地の林業関係者との交流を重ね、自身も木材を買い取り、これを樹木の研究対象として製材、乾燥管理を行い、コレクションし、解体し、細胞レベルまで検証するという、ハタから見れば実に酔狂とも思われかねないことを、まさにライフワークとして取り組んでおり、今回はその一端を開陳すべく、いくつものブナ科に属する材木を会場に展示してくれました。

私自身も何度かブナの原木を落札したり、ブナ専門の業者から購入したこともありますので、その特性をある程度知っていたものですが、あらためてその良質な物理的特性、美質などを学ぶことで、歴代にわたる故無き不当な扱いへの自覚を促されたものです。

しかし、今ではブナ林は禁伐の樹林帯がほとんどで、欧州からの輸入に頼るしか無いという現状は、日本における営林としての敗北を認めざるを得ないものがあるのでした。

また、会場には素材としてのブナの他、農具や、紡織機に用いられていた糸巻きなども展示され、身近な道具、製造業における機械の一部などに、こうした材種が広く使われていることを教えられたのです。
そこからは木工ならではの合理性に富み、精緻な接合システムを見ることもでき、研究資料以外の現場からは失われてしまうだろう日本の民俗工芸の豊かさを教えられるものばかりです。

熊汁と懇親会

駆けつけた講座参加者はもちろん、現地スタッフの方々も、この会期中の天候は気がかりだったのですが、時折ぱらつく弱い雨には見舞われたものの、2日目の志津倉山中腹へのトレッキングも、1日目のアウトドアで行われた懇親会、つまりバーベキューパーティーでも、降られること無く、推移してくれたのでした。

バーベキューには、何と熊汁が添えられ、珍味と野趣に富んだ食材が場を盛り上げ、三島町の森に包まれ、いつ果てるとも知れない心暖かな交流会が催され、大いに愉しませてもらったのです。

参加者は老若男女、各界様々な方々がいたのですが、私の面識がある方は1/4ほどで、業界の垣根を越えた新たな方々との交誼を結ぶことができましたし、それまでの出席率の悪い私にも、懐かしく声を掛けてくれた現地スタッフの方々にはありがたい思いで満たされたものです。

この現地スタッフの方々の中には、都会から移り住み、ほぼ完璧と言うほどにこの地域に溶け込んでいる若い夫婦もいて、大仰に言えば国内林業経営への希望とさえ思わされるものがあるのでした。

只見川沿いに点在する温泉

現地には2泊したのですが、2日とも、三島町中心部から9kmほど西の「早戸温泉」に浸かることができました。
天候が優れない状況であったことが逆に幸いしたのか、只見川の水面は霧に覆われ、森林と満々と清流を湛えた只見川を眼前にし、とても幻想的な時空に身を置くことができたのも、忘れがたい光景です。

(この項、続きます




【参照】
▼ 阿部蔵之Blog『木の大学講座 第12期 「ブナの時間・トチの時間」の記録』
三島町 公式Webサイト

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  • 陰樹であるブナがクライマックスを形成しているんですね。
    まさしく、最後にご登場ねがうqueen of the forestの貫禄があります。

    • 〈queen of the forest〉見目麗しき、森の女王、ですね。

      中には森の神様みたいなものもあり、つい、跪いて合掌しかねません。
      ただ、人の関わりようによっては一瞬のうちに失ってしまいかねない、はかないものでもあるのでしょうね。

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