工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

“手作り家具”と機械設備(その4)

木材加工機械をどこまで導入すれば良いのか(その2)
(承前)

前回は木工家具制作にあたって必要とされる最低限度の基本的な機械設備について概観してきたが、まずはこれらを整備することによってかなり広範なスタイルでの家具制作は可能と思われる。
事実、そのような木工家もいるかもしれない。
あるいは設置場所の制約などから、これらの基本的機械を複合機としてシステム化されたものを導入している人もいるかもしれない。
手押し鉋盤、自動一面鉋盤、丸鋸昇降盤などが一体となった「万能機」などと呼称されるタイプのものだ。
これらは使用経験はないものの、あまり使い勝手は良くないかもしれない。それぞれ単体での能力も制約があると思われる。

さてところで、これらの基本的機械設備だけで様々な木工家具制作に挑むためには、やはり制作環境としては不十分であり、電動工具などでこの足らざる部分を補うということになるのだろうと思う。

例えばハンドルーターであり、ポータブルサンダーであり、といった家具加工工程には必須の補助的電動工具たちだ。
確かに昨今の日本のDIY市場も成熟してきているようで、多くのメーカーが鎬を削って新機種の開発、価格競争、バッテリー容量の高度化などその進化は著しいものがあるようで、ボクなどもこれを享受している。
ただ残念だが、ボクたち職業木工家という立場から考えるとこれには留保を付けなければならない。


既に本Blogではサンディングについての詳細な解説などで、機械設備の高度な能力への関心を持たせるよう努めたり、ヘビーデューティールーター(ピンルーター)の設備を促すなど、折りに触れて電動工具のその能力の制約について記述してきたつもりだ。

この電動工具と、ヘビーデューティー機械の能力の差異、安全性の差異などについては個別具体的に検証されねばならないが、ここではまず結論的に言わせていただければ、まさに圧倒的ともいえる差異が存在することを知るべきだろう。
電動工具などは、そうした総合的な[機械設備+電動工具]世界ではあくまでも補助的なものでしかないということを冷徹に見ておきたいものだ。
ここでは個別具体的な能力差を取り上げるわけにはいかないが、いくつかのところから少し考えてみる。

現代社会にあって、いかに丁寧で誠実な“手作り”家具であるとはいっても、近代的工業社会にどっぷりと全身を漬け込まれた状況下、その制作された家具について生産性という要素を全く排除するということが果たしてできるものであろうか。

あらかじめ断っておかねばならないが、ここでは[純粋アートとしての家具]というものを対象としてはいない。あくまでも一般的な用に供するための家具である。

数日前に「北欧モダン展」観覧記を上げたが、記述は不十分なもので、いずれまたあらためて別の視点から記述すべきだと反省しきり。
例えば会場に鎮座していたフィン・ユールの「イージーチェア No.45」などは現在の市場価格は80万円を越えるものだといわれているようだが、一方日本でもっとも人気だと言われるハンス・J.ウェグナーのYチェアなどは、確か50,000円台から販売されているのではなかったろうか。
例えば仮にYチェアをどこか日本の家具製作所がライセンス生産するとした場合、果たしてこの価格帯で販売に供する事が可能であろうか。
まず無理であろう。

この評価は日本の労働単価が高いからという要素だけではない。製造システムというものをあれだけの品質を出すために整備するには専用機の開発も含め相当の設備投資、職人の訓練などが必須の要件となってこよう。

つまりウェグナーのデザインのラインナップには高価格帯のものもあるが、恐らくは全体の売り上げに占める商品群はYチェアなど廉価な価格帯の物たちではないだろうか。
如何に富裕層が高価格帯のものを購買してくれるとはいっても、現代の資本システムというのは大衆社会の消費欲望というものを大前提とされたものであり、こうした社会システムからボクたち職業木工家が逃れられると考えるのは、かなりの無理が生じるというものだろう。
“手作り”だからという留保を持って、合理的な制作システムへの関心を持ち得ない結果、顧客にその経費負担を強いるというのは、それは言ってしまえば罪悪ですらあるのではないのか。

‥‥ 現在のネット空間での物言いとしては、やや強いリアクションを呼び寄せるような表現かも知れないが、この設問は、果たして不当であろうか。

この問題は個々の木工家の作風、生き方、思考のスタイルなどと深く関わってくるものであり、一概に論ずることはできるものではないという認識を持つことはできるが、しかしそうした現実に目をつぶることはできないというのが一般的な了解だろう。

やはり工房スタイルという様々な制約の中にあっても、可能な限りで生産性を高めるための制作システムを整備するというのが健全な考え方ではないだろうか。
これを了とするならば、必然的にそうしたことに寄与してくれる機械設備の導入を検討の対象とすべきだろう。

さらにまた、機械というものは単に生産性を飛躍的に増大させるだけのものではないということにも気付きたい。
電動工具では使い勝手における多くの制約があり、また機種によっては、その加工目的によっては安全性において問題を生ずることもある。
汎用的な機械では、電動工具ではちょっとやっかいな加工プロセスというものもいとも簡単にやりこなせることもあるものだ。

また切削機械などの場合、その切削精度(寸法精度、切削面の平滑性および切削肌などの)は圧倒的だ。切削面が胴付きとなるような部分(一定の面積が平滑でかつカネが取れている)では、手加工ではかなりの制約があり、対し、ルーター、縦軸面取り盤などを用いれば、一発でこれが産み出される。

さて、以上のような見識からあらためて考えれば、以下のような機械の導入は、真剣に考慮すべきところだろう。

  • ヘビーデューティールーターマシーン(ピンルーター)
  • 縦軸面取り盤(SHAPER)
  • ストロークサンダー(2点、あるいは3点ベルトサンダー)
  • ホゾ取り盤

個別の概説は次回に。

hr

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • Yチェアーの座面は、なんと20分で編み上げるそうです。あの値段を実現する凄さの一端ですね。

  • Ikuru さん、さっそくのコメント感謝です。
    Yチェア、畏るべし、です。
    名作の椅子、キャビネットには学ぶべきところがふんだんにありそうですね。

  • 最近、ハンスウェグナーの椅子がライセンスフリーに
    なったと称してビーチ材のYチェアが¥23,000、ピーコックチェアが¥44,000でネットで販売されているのですが
    これってどうなんでしょうかね。
    Yチェアの背板は曲木ではなくフィンガージョイントに
    なっています。
    中国か東南アジアでの製造だろうと思いますが
    一度使ってみたいとは思っているのですが。

  • 薬品ではよく知られるようになったジェネリック品という奴ですね。
    23,000円ですか、正規のものの約1/3です。ただ名称は使えないようですね。
    「背もたれがYの字をした椅子」などとちょっと苦しい名称になっていますね(笑)
    これも市場の論理ですから、認めざるを得ないところです。
    ただ、その品質となると同じものを求めるのは無理があるのではないのでしょうか。
    ユーザーの選択に任せることで棲み分けされていくのでしょう。
    実は医薬品でも主要な成分は同じでも、ビミョウに副素材が異なる、あるいは臨床検査が不十分といったことなどでで副作用のリスクが高いというのが実態です。

You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.