工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

国宝紅白梅図屏風

尾形光琳筆 国宝紅白梅図屏風尾形光琳、最晩年の最高傑作と称される作品「国宝紅白梅図屏風」を鑑賞する機会を得た。
週末、所用で伊東方面に出掛けた。三島から熱函道路を抜け熱海へと向かったが、 途中「来の宮」駅近くの熱海梅林では観梅目当ての観光客が押し寄せていて、とてもゆっくり観梅できる状況でもないのでパスし、そのまま伊東へと向かった。
所用を済ませ、午後あらためて熱海に入り、MOA美術館の「国宝紅白梅図屏風」と対面することにした。
館内奥深くにそれは鎮座していた。
写真で、TVモニターで、既に何度も見慣れた構図のものであったが、それは300年という時間をくぐってきた絵画とは思えないほどの光彩を放って迫ってくるものであった。
無論、国宝という権威付けをされたものへのある種の記号を属性に持った作品であればこその解釈がそこに介入していたことは否定しないし、根津美術館の『燕子花図屏風』と並ぶ光琳の傑作として、審美眼での評価以前に解釈してしまう自分がいたことも否定できないだろう。
しかしその上で、やはり真作を前にしてはじめて感じ取ることのできる力がそこにはあったし、それまでのこびりついた解釈など全く無効にされるほどの強い印象で迫ってきたのだった。
二曲一双の屏風は川の流紋をはさみ、紅白の梅の老樹を対峙させるという構図の緊迫感と、全くと言って無駄のない枝振りと決して多くはない数の花。そして老成した幹のたくましさは鮮やかな緑青で描き出されたコケにより、より印象が鮮やかだ。
決してリアルに描写したものではなく、ある種の抽象化、換骨奪胎ともいうべきデザイン性の追求での勝利により、絵画としての大きな力を獲得しているのだろう。
琳派作品の白眉ではないだろうか。
この作品についての描写術、手法については数年前の新たな調査研究によって、それまでの定説が大きく塗り変わるほどの解析結果を得たことで、あらためて注目されているようだ。
詳述はしないが、背景の金箔と考えられていた金色は、実は箔足までも手筆で書き分けた金泥であったこと、また流水模様においても銀の含有はなかった、などセンセーショナルなまでの反響を呼んだものだ。
既にそのような知見を与えられていたせいか、「これは箔じゃないでしょう…」などと素人解釈することも可能であったが、日本画の専門家でもないボクたちにすれば、それ自体どれほどの意味を持つのか分からないが、ただ謎が謎を呼ぶというミステリーじみたものが持つ稀少性に意味を与えることはできるだろう。
MOA美術館では毎年観梅の季節に限定展示している。(本年は3月8日まで)
参考

《関連すると思われる記事》

                   
    

You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.