工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

秋田杉の建具

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このところ、新しい自宅、工房建築においていくつかの建具を作り、これらの一部を紹介してきましたが、今回はこれをご覧になった顧客からの建具制作依頼でした。

玄関脇に設備された下駄箱の戸なのですが、950w、2,300h もあるという大型の引き違い戸。
本来は建築に作り付けの造作への建具ですので、建築施工の責任範囲ですが、施主側の事情もあり工房 悠への依頼となった次第。

軸組在来構法の建造物ですが、梁に松の丸太をそのまま使うという豪壮な住宅で、宮大工による建築のものだそうです。

関西の地方都市郊外の新しく開発された地域ですが、私が住む静岡などとは異なり、住宅の品質への拘りは高いものがあるようで、このお宅もまたそうした建造物なのです。


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マシンのドレスアップ

月日の経つのは早いもので、工房の引越から早8ヶ月。

今日は久々に大工さんから電話が入る。
新年明けて早々に打ち合わせしたはずの、工房の外構関連の施工打合せにこの日曜にやってくるとのこと。
おやおや、忘れちゃっていたわけではないのね。

そんなこんなで、工房整備の進捗も思うようにはいかない実態への焦りも慣れっこに。

作業環境も似たようなもので、思い描き、図面に落としはしたものの、望ましい姿になるのはいつのことやら・・・。
妻から居住スペースの調度品(家具、什器関連)制作にやかましく言われてもいて、作業所関連はどうしても後回し。

さて今日はこの作業所のストレージ、機械周りの整備について少し触れて見たいと思います。
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【木の大学講座 2015 第十二期「ブナと栃の時間」】ご案内

栃の巨樹

はじめに

木工家具の主たる素材は木ですが、一般には板に加工されたものを市場から調達して用いています。
あるいは原木市で丸太を競り落とすところから始められる人もいるでしょう。

私の土場や倉庫には買いそろえた材木に潰されんばかりのストックがあり、今では原木市場に足を伸ばすことも無くなりましたが、一時は隔週ごとに原木市へと出向き、良い樹形の、目の詰まった丸太は無いか、めずらしい樹種は無いかと、目を皿のようにして探し回り、セリ札を投じ、入手できたものが出番を待っているのです。

しかし、これらの原木の里、つまり生まれ育った森林にまで足を踏み入れることは少なかったというのが実態です。

レストランのシェフが無農薬の滋味深い野菜を探し地方の農家へと出向いたり、良質なチーズを探し遠方のクラフトチーズ工房へと通う、などといったことも今では珍しくも無いようですが、われわれ家具職人にしても、そうした行動様式が取れないわけはありませんね。
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作業台、あるいはWorkbenchとウッドスクリュー

My Workbench

黒猫とワークベンチ

ジェイムス・クレノフ(James Krenov)氏の印象を1つ上げろと言われ、黒猫が寛ぐほどのワークベンチ、と答えてしまったら笑われるでしょうか。

黒猫の方はともかく、ワークベンチ(Workbench≒作業台)には木工に関わっている人であれば関心も向こうというもの。

堅牢性と機能性を兼ね備え、木工職人の多様な要求をドンッ、と受け止め、応えてくれる奴。

クレノフ氏は自らを“アマチュア”木工家と自称し、その深遠なる自覚において、より厳しく自己を律してきた人物として強い印象を遺し去って行った人でしたが、彼が最晩年に至るまで教鞭を執ったカリフォルニア〈Redwood校〉の教室には、彼の愛用したものと同種のワークベンチが一人ひとりに供与されていたものです。

こんな頑固なものは「家具作家」には不要と思えるものであっても、木工への真摯な思いを投ずる、自称「アマチュア」と、その人生の少なく無い領域を木工に投じて惜しまない職人らの厳しい要求に応えてくれるワークベンチ。

そのスタイルはいわゆるスカンジナビアンと言われるタイプのもので、その堅牢性、機能性ゆえに欧米を中心に広く一般に普及しているものですが、クレノフ氏のワークベンチの場合はちょっと異彩を放っており、そこに関心を向ける人も多いでしょう。
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桜花

ソメイヨシノ:2015.03.27 栃山川沿い

ソメイヨシノ:2015.03.27 栃山川沿い OLYMPUS XZ-1

本居宣長 旧宅

伊勢方面への所用の折り、松阪市内の本居宣長の旧宅(記念館として整備されている)を訪ね、館のスタッフと暫し話し込み、さらにはそこからかなり離れた奥墓へと参ったことがある。

山懐に分け入り、汗ばむほどの急な坂を登り切ったところにそれはあった。
静寂に包まれた墓の隣には、近年に植えられたと思しき、すらりと伸びた1本の山桜があったが、この時季、恐らくはその蕾はまだ硬く閉じられたままだろうと思う

このようなところに、さして国学に格別の関心があるわけでもない私の足が向いたのは、日本人なるものを意識してみたかったとでもしておこうか。

あるいは、小林秀雄の最晩年、全精力を注ぎ著したのが『本居宣長』だったことも頭の片隅からささやきかけていたわけだし。
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マホガニーのデスク(追補)

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マホガニーのデスク・第2弾

とは言うものの、前回投稿のものと兄妹の関係。

違いはただ1つ。抽手、ハンドルです。

前回のものはトラッドなデザインの金具。
今回はオリジナルな木製。

依頼されたのは、前回同様。学齢を迎える子の親御さん。
兄と妹、それぞれに与えるというもの。
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マホガニーのデスク

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構成としてはシンプルな平机です。
以前、〈エレガント小袖デスク〉というものを制作していますが、このデザインのバリエーションになります。

小袖部分を無くし、大小3杯の抽斗を横1列に並べたものです。

各部位における面処理なども意匠を配慮しつつ丁寧に削りだし、エレガントな装いを凝らしたところは小袖デスクと同様。

また、稀少材、ホンジョラスマホガニーで制作することで、優美さを引きだしたのも同じです。

750mmの奥行きですが、2枚矧ぎという、この材種にしてはかなり贅沢な木取りで納められたのも、嬉しいことです。
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Blog開設10年

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Blogというツールの今

インターネット世界でのコミュニケーションツールとしては、今ではSNSが主流。
それもTwitterからfacebookへと比重が移り、Blog設置者の多くがそちらへと流れているようです。

私も2年ちょっと前からTwitterアカウントを持ち、気になる知人、著名人の呟きに耳を傾け、貼り付けられたURLを探索する楽しみを覚え、時には自分でも投稿するなど、その恩恵を被っている者の一人です。
140文字という制約が持つ独特の文体にも慣れてきたところです。

こうした個人の楽しみを置いても、社会に及ぼすその影響の大きさには無視できないものがあるようで、SNS的社会現象とも言うべきインパクトを与える局面もあるようです。

一方、facebookアカウントも薦められますが、私にはかなりハードルが高い。
勇気が無い、と言った方がが正しいでしょうか。
自分自身もそうですが、周囲の知人関係に迷惑が及ぶのを避けたいと考えるからです。


さて、このようなSNS全盛時代にあって、Blog活用はどんな位置づけになるのでしょう。
SNSはコミュニケーションツールとしては、実に多機能、かつ拡散性は高く、その威力は認めつつも、他方、自由度が高く、汎用性のあるBlogは簡単には手放せません。

2005年2月に産声を上げたこのBlog「工房通信 悠悠」ですが、設置から10年経過したことになります。
起ち上げ時の高揚した思いも、ついこの間のような感も拭えず、これも年のせいでしょうか。
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新たなLinkついて(ろくたる:服部さん)

3.11から4年、ということで記事を上げてきたのですが、関連して、新たにお一人の木工家のBlogをLinkさせていただきます。

〈ろくたる〉こと服部篤さんのBlog「ろくたる工房日誌」です。

他でも無く、3.11緊急災害ボランティアに、いち早く手を挙げ、参加、同行して頂いたガッツな男です。

ガッツというのは、ちょっとイメージが違うかも知れないな。

って言うか、あまり私も良く分からないところがある人ですね。

出会いも2007年(だったかな?)と、さほど古くはなく、その後もめったに会うことも無く推移するという、どちらかと言えばそのような人物がいるという認識程度(ごめんなさい)だったのですが、
そこに突然、3.11をきっかけに1週間ほど寝起きを共にすることに。

詳細は彼自身のBlog、あるいはWebサイトに委ねるとしまして、
私なりに印象を記しておきます。


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3.11が巻き起こした、新たな社会運動と「風化」

昨夜のエントリ(4年目の3.11に思う)を読み返してみたが、どうも隔靴掻痒の感が否めない。
これは3.11を巡る大状況のあまりの過酷さ、日本社会の深層をまるごとひっぺ返すほどのものであったことから、原稿用紙わずかに20枚ほどの分量で語れるわけも無いことも、確かにあるとは思う。

2011.03、石巻市雄勝町

2011.03、石巻市雄勝町

しかしそれだけではもちろんないね。
私自身の切り口、視座、抽象化、普遍化、そして個別具体的な光景への言及、文章化の弱さなんだろうと、我がことながら滅入ってしまうよ。

本人にしてそうなのだから、読者にしてみれば迷惑極まりないわけだw

これを埋め合わせる意味では無いけど、少し追補的に進めていく。


3.11をめぐる大状況の中にも、救いが無かったわけじゃ無い。
震災直後から澎湃として沸き起こったボランティアという名の、社会を揺り動かすほどの勢いを持ったムーブメントのことである。

自身の財布から支援物資を買い集め、周囲の人々に訴え、資金を募り、被災地現地へとわが身を省みずに救援の手を差し延べようと馳せ参じた人々の圧倒的とも言える数、数、数。

もちろん以前からも様々な災害において、同様の動きが見られたわけだが、ただ3.11においては、被災地へ馳せ参じた人々のその規模、あるいは全国各地で被災者への受け入れ態勢が組まれるなど、次元の異なる運動体がわき起こり、社会現象にすらなっていったことは特記されて良い。

これは福島第一原子力発電所過酷事故というものを含む、歴史的な規模での激甚災害であったことを背景にすることからのものであり、過剰にこの現象を評価するのもどうなのかなと思わないわけでも無いのだが、しかし、とかく社会性が希薄だと言われてきた若者たちの決起は、そうしたさしたる根拠の無いイメージを払拭させるものとして、喜ばしい事象であったことも確かだろう。

いわば新しい社会文化というものが生まれてきたわけで、私もここに、日本社会への新たな希望と、未来への夢を描くことができるのではと思わされたものだ。
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