工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

クラロウォールナットのこたつ

クラロウォールナットのこたつ

かなり遠方のお若い方からのオーダーで、何と、クラロウォールナットで「こたつ」を制作して欲しい、とのこと。

ちょっと、いや、かなり異質な類のお話だったわけですが、この半年前ほど前、同じ人にマホガニーのデスクを納めたところでしたので、お若い方とは言え、冷やかしでは無いとの確信を持っての受注でしたが、これは困ったな、というのが最初の印象。

この困惑は他でも無く、コタツのヒーターを甲板の片面だけ長時間にわたって晒すことへのリスクについてです。

過去何度か、こうした受注を頂いた事があるのですが、多くの場合、銘木の厚突きのランバーコア材などで甲板を構成し、ここに框を巡らせる、額縁方式を提案させていただくといった方式が主流でした。

つまり、無垢材を甲板とした場合の熱対策は至難であり、これを回避するための額縁方式であり、ランバーコア材の活用というわけです。

ただ今回の場合、クラロウォールナットで、というあたりに、相当のこだわりがあるだろうことは明白であり、この話に乗ることになったのです。

クラロウォールナットで家具を制作している国内の家具屋は数軒あるようですが、こうした特殊なものを望みうる品質で作り上げるという面倒な事ができるのは、たぶんうち以外では無いだろうとの思いもありましたしね。

こたつ機能を用いる時期は冬季だけで、残る春、夏、秋は座卓として用いることとなるのですが、発注者は事務机として使うとのことでした。

コタツはやぐらの上に布団を被せ、この上に甲板を置く、というスタイルが一般ですが、発注者はそうではなく、あくまでも座卓様の構造体にヒーターユニットをぶら下げるという構成を望まれていたのです。

私は腰が悪く、長時間の正座も、胡座もできず、根を上げてしまうところですが、その若さには嫉妬してしまいます。

クラロウォールナットのこたつ、天板
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コロナ対応の迷走、あるいは《人新世》の時代相

中国大陸内陸部の武漢を発生源とするCovid-19、新型コロナウイルスの発覚から1年余り経過し、今では世界全ての大陸で人々に襲いかかり、猛威を振るっている。

1年で最も人の温かさを感じ、生きる歓びを共にするはずの正月休み。今年は孫との戯れも、友人らとの酒食も断たれ、鬱屈としたスタートを強いられている人も多いと思う。

私は父と兄の位牌を護ってもらっている隣町の実家に足を運び、仏前に座る程度でそそくさとステイホームへと舞い戻るという味気ない新年の始まりだった。

現在、北半球ではウイルスの活動が活発化すると言われる冬季でもあり、このコロナウイルスを迎え撃つ人類にとっては初めての経験となる。

そして米国では1日あたり4,000名を超える人々が死に追いやられているという。
この数字は2001年9月11日のWTCなどへの同時多発テロの際の犠牲者(約3,000人)を超える死者数だ。WTCテロは1度きりだが、今はこれが昨日も、今日も、明日も・・・毎日同じような死者数が堆積していく。

昨年の夏頃、トランプ大統領は、米国のコロナウイルスによる死者はベトナム戦争の犠牲者の数を超えるかも知れない、と嘆いていたが、いやいや、現時点ですらその数字(約10万人)を数倍上回り、第二次世界大戦(1941~1945年)の4年間における戦闘による死者数29万1557人(退役軍人省の発表)を超え、やがては50万人に達する勢いである。何という悲劇の時代だろうか。

これを世界に目を転じれば、Covid-19による全世界の累計死者数はついに200万人を越えたとの報があったばかりだ。(日経

(全世界のCovid-19感染状況は Worldometer に詳しい)


日経新聞より

わが国においても、昨年末から感染陽性者の数は急拡大し、日本政府は遅ればせながらも大都市圏を中心に、2度目の緊急事態宣言を発した。

半年後には1年延期となった2020東京五輪の開催が控えていて、組織委、主催都市の東京都、そして日本政府は開催強行を前提としているところから、この緊急事態宣言の発出は何としても避けたかったのだろうが、感染状況の実態は隠しおおせる一線を越え、陽性確認者数は指数関数的に伸びる一方で、科学者ら専門家、そして何よりも日々、重症患者の急速な増加を目の前にし、必死の医療措置を施す医療現場からの悲鳴にも似た要請に渋々応えざるを得なかったというのが真相のようだ。

追記:2021.01.16
米紙NYTは「東京オリンピック開催の望みは薄くなった」との記事を発信。

同時にBloomberg紙も同様の主旨で記事を配信

菅首相は2月7日までの緊急事態宣言発出の1月間で感染を抑えると豪語しているようだが、日本独自のコロナ対策とされてきたクラスター対策ではまったく追いつかない市中感染の蔓延では、この豪語もウイルスからはせせら笑いで迎えられているのではないだろうか。

生物でも無機物でも無い奇妙なウイルスにはそうした意志など持たないわけだが、しかし自己複製を目的とするウイルスにはヒトの願いなどおかまいなく振る舞うだろうから、「1月間で感染を抑える」とする菅首相のさほど根拠のあるものとも思えない頼りない願望は、果たして1月後の結果が吉と出るのか、残念ながら私は悲観的だ。

また多くの人にとり、この年末年始は1年のうち、もっとも他者との濃厚接触が盛んになる時期であって、その数週間前に前に発出されるなら一定の効果は望めただろうが、師走の「勝負の3週間」などとする掛け声も弱々しく響くばかりで、何らの有効な手立ても施されること無く年末まで推移し、その結果、ついには大晦日には東京都の感染確認者数が1,300名を超えるに至り、新年を迎えるという経緯だった。

しかし、感染者数、死者数の指数関数的な上昇を迎えてからの緊急事態宣言の発出となり「先手 先手で…」との冷笑とも含み笑いとも知れぬ首相の物言いとは逆に、いかにもトンマで、後手後手の誹りは免れない状況となってしまった。

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車知栓(しゃちせん)による三方留

車知栓による三方留の座卓

はじめに

「三方留」という仕口は旧くから広く一般に用いられてきた接合仕口の1つです。

家具の構成にあっては、四方に巡らせた枠組みに脚や柱を建てるというものですが、この3つの部材が留め接合、および傾斜接合となり、頂点を一点に接合させるというもので、したがって3つの部材の全ての木口は外部に一切見せずに収まるのが特徴となっています。

留め、という仕口はこのように木口を外部に表さない手法として尊ばれるものですが、高度な接合精度が求められるとともに、通常の枘では無いために、接合強度の脆弱さも問題になりますので、この克服がこの種の仕口のキモとなってきます。

接合精度が甘いと、仕上がった段階では気付かずとも、経年変化による収縮側への動きは留めの入隅から徐々に切れていくという思わぬ破綻を招くことが屡々あり、後悔先に立たずで自省を強いられることになるというわけです。 強力に接合されていれば良いのですが、少しでも甘いと切れ始め、一度スリットが空くとその部分が外気に晒されることで、そこからさらに痩せが進むということになってしまう。

それだけに、留接合にあっては、接合強度の確保ということが肝要となります。

三方留め
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“FineWoodworking”とは(コメントへの回答)

“FineWoodworking”という語彙に関し、数日前にコメントが入りました。(こちら
回答にはいくつかの問題が関係することから、このコメント欄への回答ではなく、ここに新たに記事を上げることにしました。

aikoさんからの問いは次のようなもの。

Finewoodworkingというキーワードを探していてたどり着きました。
本題とはズレるのですが、欧米におけるFineWoodWorkingとは、無垢の家具造りを指すのでしょうか?
ランバーや合板で作る家具に対し、無垢の家具にFineWoodWorkingという文字が当てられてるようにも思うのですが、この雑誌が検索で引っ掛かってしまい確証を得ません。
もしご存知でしたら教えて下さいm(_ _)m


aikoさんがどのようなバックグラウンドを持ち、どのような問題意識で調べられているのかは分かりませんので、ごく一般的な了解の範囲でお答えします。

家具の材種について触れられているところから専門領域の方のようでもありますので、私からの答えに既知のことも含まれてしまうかとも思いますがそこはお許しください。

先に結論めいたものをぶっちゃけ言ってしまえば以下のようです。

aikoさんの問い「ランバーや合板で作る家具に対し、無垢の家具にFineWoodWorkingという文字が当てられてる」という考え方は、半分は正しく、しかしそれだけではないことがある、ということになります。
以下、少しく解説を試みたいと思います。

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マランツ M-CR612

iPhone M-CR612 〈HEOS〉

今年はベートーベン生誕(1770年12月16日頃)から250年の記念すべき年で、ベルリンやウィーンなどで様々な催しが企画されているようだが、ドイツなどでは連日1万人を越えるCovid-19新規感染確認者が出ており、9日にはメルケル首相からより厳しい対策を求めるメッセージが発せられ、これがいつになく感情的なものだったことから話題を提供していた。(YouTube)
こんな状況下にあれば、これらの企画も予定通りとはいかないのではないだろうか。

私はクラシックも嫌いじゃ無く、小林秀雄の『モオツァルト』に影響を受けなかったわけではないが、初期ロマン派ではベートーベンのシンフォニー7番とか、ピアノソナタ•熱情、悲愴などを好んで聴く。
マルタ・アルゲリッチのピアノコンチェルトなどは最高だ(ダニエル・バレンボイム指揮による演奏 YouTube

自前のオーディオ装置を整えた10代の頃ははもっぱらドイツグラモフォンとか、その傘下のシルバーに輝くレーベル・アルヒーフ(バロック音楽専門)のLPレコードを買い求めることが多かった。
死して200年後もなお人々の琴線を揺さぶる音楽の普遍性というものを考えた時、人類が遺してきた音楽遺産の豊かさというものに思い致すこととなる。

さて今日はそんな音楽談議ではなく、再生装置について書く。


最近、オーディオ装置を更新した。
15年ぶりくらいだろうか。
それまではONKYOのチープなデジタルアンプにUSB接続でMacに格納させた音源などを流し込み、これをJBLのスタジオモニターで鳴らすという、簡便なシステムではあったが、それなりの環境で楽しんでいた。

しかし、どうも音質は満足できるものでもなく、またこのデジタルアンプはCDの読み込みもできないシンプルすぎるアンプで、わざわざMacのドライバーに読ませねば再生することが叶わない面倒なものだった。

そこで新たにCDが読み込め、かつ優れたデジタルアンプ機能を搭載したものを探した結果、今のネット環境への積極的な対応を含め、それなりに望みを叶える再生機を導入することができた。

この“それなりに゛との限定的な物言いだが、整備する金銭的な余裕と時間の制約の中で、というもので、結果的には、自前のオーディオをはじめて整備した18の頃に受けた感銘には、残念ながらほど遠いという問題は残されたままだ。

そんな状況だが、オーディオに多少でも関心のある方には、現在のオーディオ機器の志向性を掴む上でも少しは参照になろうかと思うので、その辺りも含め詳しく見ていきたい。


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菅新政権とガリレオ裁判(日本学術会議の会員任命拒否)その3.

任命拒否という違法な強権発動の動機はどこに

菅首相と杉田官房副長官

これまで日本学術会議会員の任命拒否をめぐる一連の経緯を振り返ってきたが、ここから窺える政府側の任命拒否に至る判断というものは、菅首相の8年近くにわたる安倍政権の官房長官時代に培った警察組織の要職を務めてきた杉田官房副長官との関係が見事に反映したものとも言えるだろう。

これは新たに船出したばかりの新政権の本質が如実に表された案件として好個の事例であり、それだけにまた安易に見逃すことの許されぬ重大事案と視た方が良いだろう。

どういう事かと言えば、安倍政権が進めてきた戦後日本国憲法下の平和主義、立憲主義を瓦解させる「特定秘密保護法」「共謀罪」「新安保法制」等への学者ならではの危機意識からの異議申し立てに関わった学者を、公安警察ならではの目利きからピックアップすることによる断罪であったことはどうも間違いのないところのようであるからだ。

この菅政権のファッショ的体質と、その後の開き直りを視れば、このまま放置すればますます増長していく危険性を持つだろう。

菅首相はそうした問いかけに肯くということはなく。「人事のことに関しては答弁を控えさせていただく」と返されるだけだが、杉田官房副長官の国会、委員会への参考人召致の申し入れにも、頑として拒むその姿勢に、政府側の真意を読み取る事は難しくない。


なお、前回紹介したように、この6名の学者の経歴を個別具体的に見ていけば、この判断に明確な基準があるとは言えないところがこの任命拒否の1つの特徴ともなっている。

メディアに依れば、左派系人文学者に焦点を当てたものだ、などとする見立てもあるが、決してそのような単純なものでは無い。

例えば宇野教授などは、学会ではどちらかと言えば保守派に属すると見做されるような研究者だ。

ただ、たまたま父親が安倍首相が在籍した成蹊大の総長を務められた方で、その立場から教え子の安倍首相の危険性を諫めることもあったようで、これがAERAで取り上げられた際には激怒したと伝えられており、この度の息子への任命拒否は安倍前首相の意趣返しといった見立てを語る人もいる。
安倍前首相の個人的な遺恨という、なんともはや、大人げのない、露骨なパージという臭いプンプン。

また加藤陽子氏は私も知る立派な歴史学者で、6名の中に彼女の名があることに驚愕したものだ。
彼女もまた思想信条において決してリベラルということでもなく、政府サイドから請われ、過去、いくつもの政府委員を務めていることが衆院・予算委で辻元議員から明かされたことだし、また明仁天皇からの信任が厚く、何度も進講に皇居に招かれていたと聞く。

これは何を意味するか、少し余談めくが、なかなか香ばしい話しがあるので、理解に寄与するため、やや旧聞に属するが関連する事柄を1つ紹介しよう。

明仁天皇が日本国憲法の擁護者である事は知っての通りで、安倍前首相はそこが我慢ならず、時にはお友達の著名右翼人士のひとりである八木秀次に「両陛下のご発言が、安倍内閣が進めようとしている憲法改正への懸念の表明のように国民に受け止められかねない」「宮内庁のマネジメントはどうなっているのか」(ゴー宣)と露骨な天皇批判をさせてきたところから、この加藤陽子氏の任命拒否はこの筋立てからすれば、必ずしも違和感は無いと言う話になってくる。

安倍-菅 が気にくわなければ、例え明仁天皇の覚えめでたい学者であろうと、切る、というわけだ。

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菅新政権とガリレオ裁判(日本学術会議の会員任命拒否)その2.

任命拒否された6名の教授の面々

NHKの記事 から参照

以下、今回 任命拒否された6名の学者のプロフィールを簡単に確認しておく。

芦名定道(京都大教授 ・キリスト教学)

『宗教学のエッセンス―宗教・呪術・科学』北樹出版

専門はキリスト教学。「現代神学の冒険」などの著書。
おととしから宗教倫理学会の会長を務めているほか、宗教哲学会の理事。
「安全保障関連法に反対する学者の会」の賛同者の1人。


宇野重規(東京大社会科学研究所教授・政治思想史)

『民主主義とは何か』講談社 現代新書

専門は政治思想史と政治哲学です。
「民主主義のつくり方」や「政治哲学的考察―リベラルとソーシャルの間」などの著書。ことし4月からは東京大学社会科学研究所の副所長。
6年前、集団的自衛権の議論をきっかけに憲法学や政治学などさまざまな分野の学者たちが発足させた「立憲デモクラシーの会」や、「安全保障関連法案に反対する学者の会」の呼びかけ人の1人。

因みに、この宇野さんの父親・宇野重昭(1933年)氏は、成蹊大学で法学を教え、後に学長になれた方だが、安倍晋三前首相も宇野重昭氏の教え子という関係にある。
「安倍首相の恩師・宇野重昭氏が死去、生前涙ながらに「安倍くんは間違っている」「勉強していない」「もっとまともな保守に」と批判」 (excite)
こうした属人的な因縁もあったためか、前首相・安倍晋三氏による意趣返しとの見方を語る人もいる。

岡田正則(早稲田大大学院法務研究科教授・行政法)

『国の不法行為責任と公権力の概念史』弘文堂

行政法が専門の法学者。先月、早稲田大学比較法研究所の所長に就任。
法務大臣から直接任命される司法試験考査委員を3年前まで10年間にわたって務めたほか、現在は国立国会図書館の事務文書開示・個人情報保護審査会の会長代理。

岡田さんは、アメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設をめぐり、沖縄防衛局が取った手続きを批判する声明をほかの行政法の専門家とともに2度にわたって出しています。「安全保障関連法の廃止を求める早稲田大学有志の会」の呼びかけ人の1人。


小沢隆一(東京慈恵会医科大教授・憲法学)

『憲法を学び、活かし、守る』学習の友ブックレット

憲法学が専門の法学者で、「歴史の中の日本国憲法」などの著書。

5年前、安全保障関連法案を審議する衆議院の特別委員会の中央公聴会に野党推薦の公述人として出席し、「歯止めのない集団的自衛権の行使につながりかねず、憲法9条に反する。憲法上多くの問題点をはらみ廃案にされるべきだ」と述べた。


加藤陽子(東京大大学院人文社会系研究科教授・日本近現代史)

『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』 新潮社

日本近代史が専門の歴史学者。11年前から東京大学大学院人文社会系研究科の教授。

1930年代の外交や軍事を研究テーマにしていて、「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」など当時の歴史について数多くの著書。
6年前、集団的自衛権の議論をきっかけに憲法学や政治学などさまざまな分野の学者たちが発足させた「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人の1人。
この会は、安全保障関連法や、「共謀罪」の構成要件を改めて「テロ等準備罪」を新設する法律、それに東京高等検察庁の検事長の定年延長に反対した。


松宮孝明(立命館大大学院法務研究科教授・刑事法)

『刑法総論講義』 成文堂

過失や証券取引などが研究テーマで、2010年から5年間、立命館大学大学院法務研究科の研究科長。
3年前、「共謀罪」の構成要件を改めて「テロ等準備罪」を新設する法案をめぐり、参議院法務委員会に共産党が推薦する参考人として出席し、「何らの組織にも属していない一般市民も含めて広く市民の内心が捜査と処罰の対象となり、市民生活の自由と安全が危機にさらされる戦後最悪の治安立法となる」



ご覧のようにいずれの方も誇るべき業績をもたらした蒼々たる学者ばかりで、日本学術会議法・第17条の「日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者・・・」に恥じない面々で、いったい彼らの研究成果のどこに問題があるというのか。いまだにこの疑問に答える政府側の答弁は出されていない。

任命拒否されるのであれば、逐一、そうした学問業績に照らし、17条で謳う「優れた研究又は業績」にそぐわないことを、説得性を持って説明がされねばならないのは、日本学術会議法が求めるところだ。

言ってしまえば、菅首相や、官邸の官僚らに、この種専門的分野を極めた方々についての評価を下すだけの専門的学力、識見があるのだろうか。

残念ながらそこは持ち得ないというのが実際の処だろうから、首相の任命とは、したがって上述の審議録にもある通り、あくまでも形式的なものであるとの理解が法的合理性からもしても当然のものとなっている。

事実、前回の改定案の審議録の引用にもあり通り、中曽根内閣時代から、日本学術会議法・第17条の「・・・内閣総理大臣に推薦する ものとする」という条項は、あくまでも日本学術会議が専門的立場から人選した学者について、首相はこれをそのまま「推薦する」するものであり、首相の「任命権」なるものも、あくまでも形式的なものとの確固たる了解が国会において踏襲されてきたものである。

そこを菅首相の得意の「前例踏襲はしない」「行政改革」などとの立場から、100歩譲り、人選における新たな規範を設けるのであれば、日本学術会議法を変えるとか、日本学術会議側との綿密な事前の協議などが無けれおかしいのであって、これをクーデター紛いに いきなり「任命拒否」を結論的に突き付けるのは、どう考えても法治国家とは言えない暴挙とする批判が殺到するのは当然だろう。

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菅新政権とガリレオ裁判(日本学術会議の会員任命拒否)その1.

〈人文社会系学協会連合連絡会 会見 2020.11.6〉

冒頭、貼り付けたのは11月6日の〈日本記者クラブ〉における《人文社会系学協会連合連絡会》の会見の模様。

人文社会系、247学協会による、「日本学術会議の任命拒否問題に対する任命拒否の理由の説明と撤回を求める共同声明」を発出した際の、10学会の会長らの共同記者会見
宗教、社会、文学、哲学・歴史、教育 等々、普段は個々の学会内での活動に留まる学者も多いと思われる中、こうして一堂に会しての共同記者会見とは、なかなか壮観ではある。(声明文書、A4 4枚にも渡る学会名称のリストで、これは圧巻です。上のLinkクリックで声明文書PDFが展開します)

私は一介の職人だから、というわけでもないが、象牙の塔に籠もりタコツボ的な研究に打ち込む学者へは、どちらかと言えば斜に構え眺めるといったスタンスを専らとしてきた。

しかし、この度の日本学術会議、会員の任命拒否には本当に驚き、おぼろげながらもトンデモ無い事態に突入しつつあるのではとの思いでいた。

単に高尚な学問に勤しむ学者への政治権力の介入という問題に留まらず、政権トップの彼らが事あるごとに言い募る「法の支配」そのものを犯す暴挙であり、日本国憲法下の「法の支配」に基づく日本の民主主義を、もっとも先頭に立って護るべきその人が壊すという、絶対あってはならない事態への恐怖に戦慄を覚える。

世界からも、この問題では嘲笑の眼で見られているようで、おまえらの国、マジに近代国家なのか、との侮蔑には笑って誤魔化すしか無いと言うのも偽らぬ思いだが、日本の近年の政治社会の荒廃を考えれた時、とうとうここまできてしまったのか、と苦虫潰す感じだ。
以下は科学誌では世界的に最も名高い《Nature誌》に掲載された警鐘だ。

《Nature》誌、2020.10.08 号 黄色ハイライト、Author

確かに「学問の自由」であったり「表現の自由」といった日本国憲法にも銘記される近代国家の根幹をなす法哲学、理念というものは必ずしも所与のものと考えるほど堅固にこの社会に確立したものなどではないのかもしれない。

国家権力というのは、「学問の自由」であったり「表現の自由」というものには常に懐疑的な眼で監視しており、政権の政策遂行に都合の良いようにこれを差配し、解釈し、利用し、あるいは時には排撃しようとする。

日本学術会議が、こうした政権の思惑に平伏しないとばかりに訝り、普段はもっぱら政権の政策遂行に都合の良い「ナンチャラ審議会」なるものを設置し、ここに政権の覚えめでたい二流の学者を侍らせ、結論ありきの審議結果を導き出すというのが実態。

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菅義偉首相の時代とは

“安倍改造内閣”の菅首相、あるいは“居抜き内閣”などと様々に形容され発足した菅政権。

現在、臨時国会が開かれ、この菅政権の内実の一端が御披露目されつつある。
後述するが、今や日本学術会議の人選を巡る任命拒否問題で火だるま状態というのが1つの象徴。

11月7日、衆院予算委(NHK TV)

さて、政権が変わるということは、一般には前内閣を踏まえつつも、これを乗り越え、新た所信のもとで清々とスタートさせるというのが定道なのだろうと思うけれど、アベノミクスをはじめ、経済、財政、外交政策等の全般、そのまんま継承する内閣だと自他共に任じているようだ。

確かに前首相が自民党総裁の任期半ばに体調不良で辞任してしまったことから、総裁選を経ての選任とは言え、ある種、実質的には後継指名によるもので、前内閣の継承というのもやむを得ない側面がある事は確かだろう。
菅政権とはそうした宿命を負ってスタートした。

ただ、第1次安倍政権が、今回同様、体調悪化で突然の辞任に至り、その後の組閣は福田首相となり、それまでのイデオロギッシュな安倍政権とは大きく異なり、政界に新鮮な息吹をもたらしたことを記憶しているので、何も総裁選において指名されたからと言って、そこに縛られる所以などありはしないというのが、権力の移行における政策選択というものではあるのだが…。

ただこの菅新政権の特徴的なこととして、数々の疑惑とコロナ禍での様々な失態という安倍政権の負の遺産を背負い込んだものであることも確かで、そこは強く自覚していただかないとマズイだろう。

なぜなら、8年近くにわたる安倍政権における官房長官、いわば側近中の側近として支えてきたことからすれば、これらの負の遺産というものも、他の誰でも無く、菅氏自身の責任でもあり、健忘症などと言わず、きちんと背負っていただくというのが筋というもの。

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安倍晋三内閣総理大臣の時代は終焉に向かうのだろうか

安倍首相の突然の辞任

在任7年と8ヶ月を数えた第二次安倍政権は歴代で最も長期政権を担ったとのこと。
第一次安倍政権が1年余りの任期途中で投げ出された理由でもある潰瘍性大腸炎の再度の悪化だとされる。

この辞任会見の1週間ほど前から、慶応大学病院への通院を事前にメディアに明かし、大々的に報じられるというとても不思議な光景を見せつけられた後の辞任で、いかにも、という感じだった。

一般には国家のトップの健康問題は第一級の機密事項とされるという、いわば世界の常識からはかけ離れたこの行動はあまりにも不自然で、病気への憐憫の情を動員するものと、多くの人が受け取ったのはたぶん間違ってはいなかっただろう。

病気は難病指定の治癒困難なものであるようだが、これまで8年近くにわたる良薬などによりコントロールされてきたものであり、辞任後も入院することもなく、さらには通院治療する様子も無く、TVカメラの前の表情はさして以前と変わるものでも無さそう。

8月28日の辞任会見においても、今後も新たな総裁にはしっかりと協力してきたい、などと盛り込むあたり、まるで院政を敷くかのような意志の表明に至ってはむしろ元気そのものと思わされた。

昨11日には「首相の談話」なるものを発し、イージスアショア導入の断念を受け、「敵基地攻撃能力」を念頭とした新たな「ミサイル阻止」の安全保障政策の提言を行うという、まったく辞任を控えた首相の振るまいとしては実に異様な振る舞いを取っている。(時事

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